38. 饑神

人に憑き、空腹をもたらす。ヒダル神餓鬼憑きとも。主に西日本に伝わり、三重県・和歌山県・高知県ではダリ、徳島県・奈良県ではダル、長崎県ではダラシ、福岡県エナガツク、伊豆利島磯ガキ、山口県周防大島ヒモジイ様、愛媛県宇和のジキトリ...等と、様々に呼ばれる。

山道や峠、四辻、火葬場、磯等を歩いている時に、突如として空腹感、疲労感に襲われ、一歩も進めなくなり、ひどい場合には命を落とすという。熊野には覗くと憑かれるという餓鬼穴があり、神奈川県ヤビツ峠にも合戦で餓死したものの怨霊が、饑神となって現れるという。同県では、茶碗を箸で叩くと呼び寄せるとも。甲賀から伊賀の間の御斉峠にも餓鬼の姿で現れ、「茶漬けを食べた」と答えると、腹を裂かれるという。ここは、徳川家康も本能寺の変の折、通っている。餓鬼は、元々は仏教の六道の中の餓鬼道に生まれたもの。これを供養する〈施餓鬼〉が盆の時期に行われる。

饑神に憑かれるのを防ぐには、すぐに何かを食べさせれば良い。土佐清水には、餓鬼飯といって、弁当を一口残しておく習わしがある。草を食べてもいいし、手の平に「米」と書いて舐めるだけでもいい。また、食べ物を藪に捨てる、衣服を後ろに投げる等の方法も伝わる。高知県・長崎県・鹿児島県では山や路傍に祀られている柴折様にお供えをすると避れられるという。

正体は、前にも出てきたが餓死者の怨霊山の神水神等と言われる。柳田國男、南方熊楠、井上円了も、饑神を調査した。現在では、急激な血糖値の低下〈ハンガーノック〉や、二酸化炭素中毒が原因と考えられている。

古語の「饑い」も、空腹の意味。佐賀弁にも「ひだるい」がそのまま残っている。標準語の「だるい」の語源とも言われる。

さて、描いたのは、畦地梅太郎の『山湖のほとり』。畦地といえば、山男だった祖父と親交があったらしく、年賀状が届いているのを見たことがある。ある時、従兄が畦地の字と筆者の字が似ていることを発見し、それまでコンプレックスだった自分の字がすっかり好きになってしまった! 句も、その従兄と山に登った時、ただのパンがやたら美味しく感じたのを思い出して詠んだ。

山小屋のカンパン美味し饑神風来松