278. 蛍

どうやら今年もホタルを見逃してしまったらしい...。

『夏は夜〜闇もなほ 蛍の多く飛び違ひたる またただ一つ二つなど ほのかにうち光りて行くもをかし』清少納言『枕草子』。

『物思えば沢の蛍も我が身よりあくがれ出ずるたまなとぞ見る。』和泉式部『後拾遺和歌集』。

日本でも中国でも、蛍は人の魂の化したものと考えられてきた。〈ゲンジボタル〉は平家打倒を果たせず散った源頼政の怨霊と言われる。兵庫県夙河原では、明智光秀の魂。静岡県では、老婆の魂とされ「近い近い」と言って蛍を追う。

海外においては、魂というより、魔法のイメージが強い。アステカでは、夜の魔法の象徴と考えられ、タイ・ベトナム・オセアニアでは、ホタルのいる森には魔力があると考えられている。北欧や、ケルトにおいても、ホタルを魔法の光源とする。アフリカのサハラのオアシスでは、水や豊穣をもたらす生命の象徴として崇拝されている。

描いたのは、熊本の大太刀蛍丸。来国俊の作で、南北朝時代の阿蘇惟澄の佩刀。1336年多々良浜の戦いにおいて、刃毀れした刀身に蛍が集まり、刀を蘇らせたという。国宝に指定されるも、戦後の混乱で行方不明に...。〈GHQ〉のピーターセンが持ち帰ったとも、三角港に沈められたとも言われる...。2015年、これを復元するというプロジェクトがあり、筆者は熊本に縁がある事から、微力ながら寄付させてもらった。

そんな蛍の光は、やはり不可思議な物と考えられてきたらしい。1685年、渋川春海による〈貞享暦〉でも、多くが廃止された中で七十二候に『腐草蛍となる』が残された。どうやら、本当に信じられていたようだ...。さもありなん...蛍の光が発光物質〈ルシフェリン〉によると判明したのは、ほんの60年そこそこ前の事でしかないのだ。

『日本書紀』のニニギノミコトが降臨する場面で、『地上には、蛍火のように光る神や蝿のように騒がしい邪神がいる』とある。邪神と言えば、〈ルシフェリン〉の語源は照明単位の〈ルクス〉同様、「明けの明星」を意味するラテン語「ルシファー」から来ている。つまりサタンだ!

モールスを我に打ちをるホタルかな風来松