19. 猩猩

ベトナムや哀牢族の土地に棲み、黄色い毛の子供のような姿。人の顔・足を持ち、犬が吠えるように振る舞う。人語を理解し、酒を好む。その血で毛皮を染める風習が、西胡にあったという。唇は美味という。これは、明朝の『本草綱目』に載るが、古代や唐代の文献を編纂したものと思われる。『山海經』には、この肉を食うと速く走れるとある。他の文献にも、過去を知るが未来は知らず。とか、酒と草履を好み、これを使って捉える話等が伝わる。豚・犬に似るとも言うがオランウータンだと考えられている。

日本では、能で演じられ、唐土の揚子江に棲む猩猩が酒を飲んで舞い、高風を祝福するといった内容。海棲の精霊で、赤い装束。狂言では、殺して血を取るという内容。海に棲むというのは、日本オリジナル。

10世紀の『和名類聚抄』には、「中国の不思議生物」とある。江戸時代の『裏見寒話』には、山梨県西地蔵岳で七尺(2m)の猩猩を撃った話が。九州相良の『相良文書』には、徳川家康に猩猩の皮を献上したと載る。東海道鳴海宿では、〈猩猩祭り〉が行われており、竹枠組みの2mの猩猩が登場。かつて、一匹の猩猩が現地に泳ぎ着いた事が由来らしい。これに叩かれると夏病にかからないとされる。鳥取県の〈麒麟獅子舞〉にも先払い役で現れる。

一方、富山県では船の舳先に1m程の猩猩が現れ、騒ぐと船をひっくり返されるという。山口県屋代島では「樽をくれ」という船幽霊の類の事を猩猩と呼ぶ。 能・狂言の影響なのか、やはり海に出没。

さて、猩猩の正体であるとされる、オランウータンは、日本語で「猩々」とされた。ちなみに、チンパンジーは「黒猩々」、ゴリラは「大猩々」。かつては、中国にもいたようだが現在は、ボルネオ島とスマトラ島の一部にのみ生息。近絶滅危惧種。語源は、マレー語で「森の人」。霊長類の中では高い知能を持つ。80万年〜200万年前の最大の霊長類、3mの〈ギガントピテクス〉も、オランウータン類。エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』や、『猿の惑星』にも登場した。

描いたのは、河鍋暁翠『百猩々』より。

猩々も酔い踊りたる良夜かな照造