92. 九尾の狐

尾が9本ある狐の姿。青丘山に棲み、鳴き声は嬰児のようで、虎の爪を持ち、よく人を食う。その肉を食べると蠱毒を退けるという。これが最古の記録で『山海經』に載る。追加された『大荒東』には天下泰平の世に現れるとも。後漢の『白虎通』にも善政の世に現れる瑞獣とあり、九は陽数で子孫繁栄の印とする。漢王朝の護り神とされた。清の時代に書かれた『狐狸縁全伝』には、千年修行する度に狐の尾は一本増え、万年で白毛となるとある。『西遊記』にも金角・銀角の母親として登場した。

日本では『延喜式』に、神獣であり色は赤か白、音は嬰児の如しとある。『南総里見八犬伝』にも政木狐が善玉として出てくる。

朝鮮では、クミホの名で、千人の男の心臓を食べ人間になろうとした。また、実在した道士・田禹治(チュン・ウチ)は、これに愛され狐珠を授かった事で、この世の理致に達したという。ベトナムでは、クーヴィーホーと呼ばれ、ハノイのタイ湖にいたが、天鎮武神に退治された。

ただ、やはり最も知られるのは、『封神演義』の敵役妲己の正体としてであろう。これが日本に伝わり、江戸時代に高井蘭山によって書かれた『絵本三国妖婦伝』に。殷で討たれた妲己は700年後、天竺のマガダ国で華陽夫人となり、更に周の時代には褒姒、時代は流れ、12世紀日本の後鳥羽上皇の世に玉藻の前として現れる話が描かれた。これこそが、日本三大妖怪の一、白面金毛九尾の狐! 先に紹介した二大妖怪が、酒と女に敗れたのに対し、彼女は時代も国も超えて、時の最高権力者や、武士、道士、陰陽師、さえも向こうに回して面目躍如の大立ち回りを見せる。

その名は悪女の代名詞となり、江戸時代の講釈師・馬場文耕の『秋田杉直物語』では、妲己のお百が登場。になみにこの馬場文耕の物語は、2024年〈朝日新聞〉に『暦のしずく』の題名で沢木耕太郎が連載。史上ただ一人芸によって死刑となったという文句と、この主人公が伊予出身という事に惹かれて、楽しく読んだ。『深夜特急』を始め沢木耕太郎は何冊か読んできたが、彼の文章は少し苦手だった。だが、今作は非常に読みやすく面白かった!

話が逸れた...。結局この九尾の狐は、安倍泰成や上総介広常らによって討ち取られ、殺生石と化す。更に会津の僧・玄翁に破壊され、その破片からオサキ牛蒡種犬神等が生まれたという。一説には、三大妖怪大嶽丸酒呑童子の首と共に、九尾の狐の死体は〈宇治平等院・宝蔵〉に納められているとも言われる。

さて、この九尾の狐、さすが大妖だけあり、今後も度々姿を現る事となるのだが、それはまた別の話となる...。

大妖の微笑ひとつで春滅ぶ風来松