61. 妖精

『名はラテン語fatum=宿命・運命とつながりがある。群小の超自然的存在のなかで、フェアリーはもっとも数多く、もっとも美しく、もっとも忘れてはならないものである。彼らは特定の地域や特定の時代にかぎった存在ではない。古代ギリシア人、エスキモー、北米インディアンなどすべてが、こうした想像の産物の愛をかちえた英雄の物語を語っている。』

これは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』の〈フェアリー〉の項の冒頭だ。彼は20世紀ラテン文学の第一人者だが、私は僭越ながらこの作品を目標のひとつにしている。詩人と俳人の違いはあるけれど。

さて、ボルヘスはこの後、アイルランドの詩人ウィリアム・イエーツを紹介している。彼は『フェアリーは救われるほど善くもないが、救われぬほど悪くもない堕天使』と書いている。

また、同じくアイルランド人の牧師にして、ゲール語学者ロバート・カークにも触れて、その著書『秘密の共和国、あるいは低地スコットランドの人の間においてこれまで牧神(フォーン)、妖精(フェアリー)などと称されている地中の(かつ、ほとんどは)不可視なる人々の性質と行動-千里眼を有する者達によって描写されたるもの-に関する論考』を記した事により、この世から運び出されたとしている。彼はフェアリーは知的でいたずら好き、気まぐれ、楽天家。軽くて形を変えられる。食べたり歌ったり踊ったりが好き。リンゴ、ニレの木、サンザシ、オークも好きだが、鉄、鶏、聖水、聖書は苦手。まばたきの間にしか見えないが、四つ葉のクローバーを頭にのせると見える...と、記している。また、取り換え子(チェンジリング)をしたり、フェアリーリングを作ったりするとも。

フェアリーの語源は、『ローマ神話』のファータの3女神から。1590年スペンサーの『神仙女王』等でイメージが統一され、17世紀以降広まったイギリスの〈妖精画〉の影響などにより、背中に昆虫の羽を持つ小さく美しい姿が、日本では定番となっている。

前述の詩人達の故郷である、ケルト圏のグレートブリテン島が妖精の発祥の地とも言われる。鉄を苦手とすることから、ケルト族以前に島に住んでいた人々の伝承が元とも。

彼の地の有名な妖精をあげると、レプラコーンブラウニーピクシーバンシーノッカースプリガンメロウデュラハン...と、切りが無い。また、やはりこの国出身のJ・R・R・トールキンの『指輪物語』にもエルフドワーフホビットゴブリンオーク...と、多くの妖精が登場する。

『ギリシャ神話』にも、ニュンペー=ニンフセイレーンハーピーユニコーン...。パラケルススの四大精霊ウンディーネシルフサラマンダーノーム。北欧のトムテニッセトントゥそしてトロル。日本にはキジムナーコロポックル! 現代に生まれたグレムリンもいる。

広義には、アラブのジン、メソポタミアのリリス、インドのナーガ、中国のや、日本の河童天狗まで含める場合もあるが、やはり妖精妖怪、はたまた精霊なんかも、日本人の感覚としては微妙に違う気もする...。

創作では、『アーサー王』の湖の貴婦人モルガン・ル・フェイ、シェイクスピア『真夏の夜の夢』のパック、『ピーターパン』のティンカーベル、『シンデレラ』のドワーフ、『ムーミン』谷の住人たち...。

描いたのは、コナン・ドイルが検証して本物だとした〈コティングリー妖精事件〉の一枚。1919年二人の少女が撮ったとされる妖精の写真は、捏造だとされるが、5枚目だけは本物という話も...。ドイルの親族も妖精画家だった。

俳句の方は、ティッシュボックスの中にいて、紙を出すのを手伝ってくれるという妖精エフーディ! これ、神野紗希らの俳句・短歌・詩の冊子の名前の由来らしいが、彼女らの創作なのかどうか不明...?

短夜や空のティッシュの箱の中風来松