409. 記憶

先日、カズオ・イシグロ原作の映画『遠い山みの光』を観た。現代のイギリスと、戦後の長崎を舞台とした重厚で、重層的なストーリーは、さすがカズオ・イシグロという感じで、とてもいい作品だった! 他の作品も、『忘れられた巨人』、『日の名残り』、『わたしを離さないで』…と、記憶がテーマのものが多い。

記憶といえば、天狗等による神隠しや、宇宙人によるアブダクションに遭った者の記憶が一部無くなっているという話はよく聞く。

記憶に関する妖怪はあまり見当たらない。中国には川の回で紹介した三途の川にあたる忘川奈何橋に、前世の記憶を一切消すという孟婆がいる。かつて人は前世の記憶を持ったまま生まれていた為、天界冥界の秘密がダダ漏れだった。そこでは、孟婆忘却の神としたという。彼女が飲ませる孟婆湯は、忘川の水とザーサイ等の八味から作られたスープで、飲むと前世での記憶は一切消える。

これを書いていて、1999年の是枝裕和監督の2作目『ワンダフルライフ』を思い出した。ここでは、この世との境のある施設で、一つだけあの世へ持っていける「一番楽しかった思い出」を、映画化してもらえる…というストーリーで、世界中でヒットした。

となると、思兼神(おみいかねのかみ)天岩戸の段で、天照大神を外に出す知恵を授けた。『ギリシャ神話』ではムーネモシュネーウーラノスガイアの子で、9人のムーサを産んだ。『北欧神話』のオーディーンの2匹の鴉の一羽は「記憶」の名を持つ。

〈胎内記憶〉という話もある。産婦人科医である池川明が3500人の子供に聞き取りを実施したところ、3人に1人がこれを持っていたという! 4歳をピークに忘れるというが、生まれた瞬間の記憶を持つ例もあったらしい。前世の記憶となると、俄に信じがたいが、多くの驚くべき事例がある…。

よく、茗荷を食べると物忘れをしやすくなるという。これは、自分の名前さえ覚えられない釈迦の弟子周梨槃特(しゅりはんどく)の死後、彼の墓から生えたのが茗荷となったという故事によるが、科学的根拠は無い。逆に物忘れを防ぐ食物としては、青魚・大豆・緑茶・カカオ…等が挙げられる。

創作では、映画『ラビリンス』で、これまでの人生で失くして忘れられてしまった物の山が登場した。京極夏彦の『京極堂』シリーズにも、記憶に纏わる話が多い。マンガ『ジョジョの奇妙な冒険/ストーンオーシャン』では、3つの事柄しか記憶出来なくさせる能力者がいた。恐らく、クリストファー・ノーラン監督の『メメント』がモデルだろう。ここでは主人公が10分しか記憶出来なくなり、身体に刺青で記録を刻んでいた。最近の大ヒットSF小説、劉慈欣の『三体』では(この先ネタバレあり)滅亡の運命となる人類の記憶を、石に刻んだ。『ワンピース』の〈ポーネグリフ〉を思わせる。

さて、最後に紹介するのが、絵にも描いたマンデラ効果。不特定多数の人々が同様の記憶違いをするという現象。名前の由来は、元南アフリカ大統領ネルソン・マンデラ。2009〜2010年頃に彼の死亡説がネット上に多数見られた事を受け、超常現象作家フィオナ・ブルームが提唱。後に『Xファイル』でも取り上げられた。科学的には人は記憶の隅々の曖昧さを、推測や、これまでの経験から補完。有名人や、よく知られる事象で、特に同様の記憶違いが発生すると考える。

例としては〈ミッキーマウスがサスペンダーを付けていた〉、〈ピカチュウのシッポには黒い部分があった〉、〈おさるのジョージにはシッポがあった〉、〈地図上のオーストラリア大陸の場所はもう少し南だった〉、〈スター・ウォーズのC3-POの右足はずっと金色だった〉…等など。ピカチュウについては、筆者もずっと勘違いしていた(多分、耳のデザインのせい)! C3-POについては、元々がアナキン坊やが作った寄せ集めで、その後金メッキされたり、色々あったんで、微妙…。しかし、これらって単に勘違いしやすい事を大勢の人が勘違いしてるってだけで、特に不思議でも何でもないような…?

これは余談だが、昔、中学校の同級生の男の死亡説が流れた。当時はかなり驚いたが、あまり面識も無かったので、やがて記憶の底に埋もれてしまっていた。再び彼の名前を聞いたのは、筆者の初恋の女の子と結婚したという事実だった…! あれは、ダブルショックだったなぁ〜…。

居待月出て来ぬ役者の名前出た風来松