現在の家畜牛の祖は、オーロックスといい、200万年前のインド周辺に起源を持つと言われる。あの〈ラスコー洞窟〉に描かれている牛だ。ただ、1627年に絶滅している。古代エジプト・メソポタミア・インダスでも既に牛は食用・農耕用に飼われていた。
それだけに、古代エジプトでは、創造神・プタの化身が、聖なる牛アピスである。また、前身が黒で額に白の菱形模様の雄牛は聖牛とされた。インダス文明でも神聖視されていたと考えられる。聖牝牛神・スラビーがおり、その子でシヴァ神の乗り物であるナンディンも白い牝牛。アリシュタは巨大な牝牛の悪魔だ。ただ、ヒンドゥー教で神聖視されているのはコブウシで、スイギュウは違うらしい。古代メソポタミアにも、牛頭の門番クサリクが、イスラム世界では、巨大な牛クジャタが世界を支えているとする。
中国では荒くれ者が多く、『西遊記』の牛魔王。獨角兕大王は何でも奪い取る事のできる金剛琢を武器とするが、正体は太上老君の乗り物の青牛だった。『中国神話』の蚩尤は炎帝神農氏の子孫。初めて反乱を起こした神という。牛頭には鉄の額と四つの目があり、石も鉄も喰らう。
『北欧神話』の最初の雄牛アウズンブラやアイルランドの民話にある牝牛ダラスガウナンは、よく似た創世伝説の存在だ。
日本では、古墳時代の埴輪に牛らしきものがあるが、弥生時代に大陸から入ってきたとされる。農耕には使われていたが、675年に天武天皇が牛をはじめとするほとんどの肉食を禁止。やがて、獣食いは穢れとされ、明治維新になって漸く解禁となった。
牛の妖怪というと、これまでに取り上げた牛鬼や、件。同じく預言獣の牛女。鬼門と言われる「丑寅」は、やはり中国から入ってきた物で、当時北東からの異民族の侵入を防ぐため、開かずの門としていた事に由来する。日本での仏教布教の際、地獄を描いた絵師が「丑寅」からの連想で、丑の角に寅の牙を生やした鬼を描いたという。獄卒の牛頭もその辺りからなのだろう。
UMAでは、イギリス・マン島のタルーウシュタ。水性の牡牛で、これと交わった牝牛は形の崩れた子牛を産み、やがて死んでしまうという。
絵に描いたモチーフの一つは、『ギリシア神話』のミノタウロスの伝説。ポセイドンの呪いで、クレタのミーノース王妃パーシパエーが産んだ牛頭人身の怪物。ダイダロスによりラビリンスに閉じ込められた。毎年若い男女7人ずつの生贄を差し出されていたが、英雄テーセウスにより退治される。テーセウスはミーノース王の娘から貰った毛糸玉で、ラビリンスからも無事生還した。この伝説に、岡本太郎の〈太陽の塔〉と、同じく彼がデザインした懐かしの〈近鉄バファローズ〉のロゴも合わせてみた。岡本太郎の創作の根っこには、原初の神への祈りといったテーマがあり、その為か彼の作品はどこか妖怪めいている。
最後に…。牛というと思いだすのが、幼い頃住んでいた町の川の向こうにあった、牛市。何となく、その方向から牛の鳴き声がしていた記憶がある…。もう一つは、広島で営業まわりをしていた頃によく通った、牛の屠殺場があったという町の匂い。無くなったのは随分前のはずだが、強烈な匂いだけが、亡霊のように残っていた…。
迷わず戻れますように毛糸玉風来松