164. 虎

動物の中で一番好きなのは、虎かもしれない。もちろん、動物園やサーカスでしか見たことがないが、のんびりあくびなんかしてゴロゴロしているライオンと違って、虎はいつも檻の前を行ったり来たりしていて、ちょっとでも隙があればいつだってお前を喰い殺してやるぞ…といった雰囲気というかオーラを放っている…!

野生の虎に最も接近したのは、随分前に行ったロシアのハバロフスクだろう。アムール川の観光船のガイドさんが、「この辺りにアムール虎がいます…」といって、ザワッときたのを覚えている。体長3m体重200〜300kgにもなる最大のトラだ。そして「絶滅の危機にあります」とも聴く。20世紀初頭には2000頭近くいたが、今や500頭くらいに。それでも、1930年代には50頭くらいだったらしい! やはり、美しい毛皮や、薬の為にハンターに狙われてきた。(因みに清朝の秘密の製法で作られているという〈タイガーバーム〉は虎成分0)。

一方で、この200年ほどの間で、虎に襲われ死亡した人間は年間1800人!19世紀インド・ネパール国境のチャンバーワットのベンガルトラは、436人を殺したギネス記録保持の伝説の虎だ。だが、その虎も1907年イギリス人の伝説のハンター、エドワード・ジェイムス(ジム)・コーベットに仕留められた。50口径ライフルを撃ち尽くし、最後は骨董級のショットガンでとどめを刺した。彼はその3年後にも、やはり同じ辺りで400人殺しのヒョウを退治している。ただ、コーベットは無闇な狩りは否定し、1936年にはインド初の国立公園の設立に尽力。公園には彼の名前が冠せられ、ベンガルトラ保護活動の拠点となっている。他にも、57頭の虎を狩ったバングラデシュのパチャブディ・ガジ、人食い虎20頭を狩ったスコットランドのケネス・アンダーソン、ティムール王国の初代スルタン・ティムールらが、世界的虎ハンターとして有名。

虎退治といえば、我が第3の故郷熊本の〈せいしょこさん〉こと加藤清正! 朝鮮出兵の際、あの十文字槍で退治する様子は、〈石見神楽〉でも演じられる。実際は鉄砲で仕留め、虎に折られたという十字の槍も、最初からそういう形の〈片鎌槍〉である。因みに彼の幼名は虎之介。千葉周作の幼名も、虎の古称の於菟(おと)。清正の虎は豊臣秀吉に贈られたのだが、他にも島津義弘、我が松山の初代藩主加藤嘉明らも同様に虎を仕留めて、秀吉に贈っている。前者は鹿児島県市来町大里の〈七夕まつり〉で、後者は松山市古三津の〈虎舞〉で、虎狩の様子が演じられる。実はこれ、秀吉が不老長寿の為に欲しがり(特に脳みそ!)、諸侯が競って虎を狩っては贈っていたのだという。その後、松平春嶽の子・徳川義親もシンガポールで虎を狩ったりして〈虎狩りの殿様〉なんて呼ばれたりした。日本の虎狩の元祖はというと、豪族・膳巴堤便。百済で虎退治をした話が『日本書紀』にある。そういえば、一休さんの襖の虎退治もあったか!

秀吉は脳みそだけで、皮の方には興味はなく、部下にあげてしまっていたそうだが、古来より虎皮は病・祟りから身を守る呪物とされていたと『延喜式』に載る。『紫式部日記』にも、後一条天皇が産湯を浴びる場面で、女官が虎の頭を運ぶ様子が描かれている。平家では貞盛から維盛まで9代に渡り、虎皮の鎧〈唐皮〉が受け継がれた。

これらの元はやはり中国で、古代からと同格の霊獣、百獣の王。山の神。魔除けとされた。白虎は、四神の一で、西の守護神。〈キトラ古墳〉にも描かれ、〈白虎隊〉や、東京虎ノ門の名前の由来になった。開明獣は、天帝の下界の都崑崙の丘の門を護る。大きな虎の体に九つの人の頭という姿で西王母の寵愛を受けると『山海經』に書かれている。同書には、人喰い虎てい、青い虎羅羅も。も中国産。頭は虎に似て、背に鋭い棘、尾は常に空を向くという海獣。これが後に日本に伝わり、城等の鯱鉾に使われた。実際のシャチの方はそれまで「くじら」と呼ばれていた! 水虎は、河北省の川に棲み、三、四歳の子供のような姿。センザンコウのような鱗に覆われている。膝や頭が虎に似る。悪戯をする子供に噛みつく。これが日本に伝わり、川の妖怪の総称となった。人虎は、宋から清において多くの記述の見られる、半人半虎。マレー半島の虎憑きや、ジャワのマガン・ガトゥンガンもよく似ている。前者は、家畜を襲い特に鶏を好む。羽毛を吐き出すのが、憑かれた証とされた。後者は、魔法により巨大な虎と化し人を襲う。襲った方の魔法は解けるが、襲われた方が今度はこれになるという。こちらは上唇に窪みがないのが証。

日本はというと、頭は猿、体は虎、尾は蛇という、その名もさるとらへび。岐阜の高賀山で、藤原高光に退治された。に似ている。あとは、『百器徒然袋』に描かれた虎隠良なる付喪神。虎皮の巾着か印籠の変化か?

朝鮮半島の萇山虎(チャンサンボン)は、絶滅した最後の一頭が妖怪化したものだとという。白く長い毛。人の声を真似るという人喰い虎で、近年でも北朝鮮との国境付近で兵士による目撃例がある!

こうして、つらつらと描いてしまい、あらためて自分の虎好きを自覚した。思えば、かっては〈阪神タイガース〉ファンだったし、シャチも大好きだし、タイガーマスクも、タイガー・ジェット・シンも好きだ。寅さんはもちろん、ケロッグのトニーも好きな気がする。

さて、絵に描いたのは、有名な中島敦の『山月記』。詩人になる夢に敗れた友人が虎になってしまう、筆者の大好きな小説だ。この話は前述の虎人から着想を得て書かれた。今、〈青空文庫〉で、同じ作者の『虎狩』も読んでみたが、これまた悪くなかった。いつか、これらの物語の登場人物たちのように、野生の虎をこの目でみてみたい。

あ! なんと、これを書いていたまさに今、中国吉林省長白山で、三十年ぶりにアムールトラが目撃されたという速報が…!!

宵待月語ろうか否喰らおうか風来松