325. 農

田の妖怪といえば、泥田坊。鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』には、片目、3本の指で泥田から上半身を出した姿で描かれている。諺の「泥田を棒で打つ」や、狂言師・泥田坊夢茂(石燕の友人)が由来とも。山野田理夫『東北怪談の旅』には、『田を粗末にした放蕩息子の祖父がこれに成った』とあるが、この人、石燕の怪談を多く自作しているので…。山形では、蛇と契った放蕩嫁がこれに遭ったという。富山の畑怨霊は、凶作で餓死した者の。人に祟ったり、作物泥棒の血を吸う。

日本全国に、農業に関する言い伝えは多い。

「植え付けた田に苗束を忘れると死人が出る。」「芋畑でホトトギスを聞くと福が来る。」愛媛道後では、畑を汚すと祟られて、寒熱を発すると伝わる。

暦的なもので言うと、5月の節句にマンガン(?)を降ろすと、凶作になる、もしくは呪われる。半夏生には、ハンゲ妖怪が出るとか、天から毒が降るとか言われる。二百十日・二百二十日には、新潟で〈風祭〉、兵庫で〈風鎮祭〉、富山八尾で〈おわら風の盆〉等が行われる。この日の風を〈三郎風〉とも呼び、風の三郎様と、神格化・妖怪化もする。これをモデルに宮沢賢治は『風の又三郎』を書いた。「三郎」としたのは、三男坊のやんちゃで、狼藉者のイメージからか。伊弉冉尊の三男坊とも言える素戔嗚尊も、天照大神の田の畦を壊したりしている。事八日の12月8日と2月8日に、田の神一つ目の妖怪が現れるという。

忌み田忌み畑も全国に伝わる。ノンフィクション作家・柳田邦男の『禁忌習俗語彙』には、田を作ると祟られ、夜に赤子の足跡が一面に付いたりもする三河のブグ田。凶事が起こる刑場跡かと思われる信州のケチ田。持ち主が病になる東日本の病田。生き埋めにされた稲泥棒の祟りがあるという青森川戸のルチ…等が紹介されている。

田の神もまた、全国に多々いる。呼ばれ方も様々で作神農神百姓神野神サンバイ…等など。鹿児島にはタノカンサァの石像が多く残る。耕作期になると山の神が里に降りこれになると考える例も多く、能登では田の神を迎える饗応エアを行う。新潟の甲の神天竺から降りてくるとされる。

『古事記』には、稲霊である宇迦御魂(ウカノミタマノカミ)(『日本書紀』では倉稲魂命(ウカヨミタマノミコト))がいる。「ウカ」は、穀物・食物の意味。古くから女神とされる。『古事記』のみに載る豊受姫命(トヨウケビメノミコト)や、稲荷神(おいなりさん)が同一視される。これとは別に農耕神として大年神も。また、西日本では恵比寿、東日本では大黒も、田の神とされる。

もちろん世界の神話にも農業のは多い。『ギリシャ神話』のデメテルペルセポネ、『ローマ神話』のフローラ。『エジプト神話』のハトホルオリシス、『アステカ神話』のトラロック。インカのインティ、メソポタミアのタゴン、前にも書いたネイティブアメリカンのココペリ、中国の神農…。

絵に描いた、〈案山子〉も田の神の依代とも考えられた。害虫除けとして、獣の焼き焦げた匂いを嗅がせるというのが語源。『古事記』一日中世の中を見ている知恵者、久延毘古(クエビコ)として登場。大国主命に、少彦名命の名前を教える。そこには「山田のそほど」という、案山子の古語で載る。長野では、旧暦の10月10日に案山子を祀る行事〈カカシアゲ〉やが行われ、諏訪では案山子が天に、安曇では山に帰る日とする。柳田國男は、『初めて鳥獣の縅しのこの人形をたてた人の心持は、これが自分達の姿のように見えて、相手を誤解させようというのではなかった。形はどうあろうともこれがであって、むしろ人間以上の力で夜昼の守護をするものと信じられていた。』と、『年中行事覚書』で述べている。

三叉路や案山子の指の指す方へ風来松