179. 烏

烏といえば、『ゲゲゲの鬼太郎』で、鬼太郎たちが何羽もの烏に綱を渡して空を飛ぶ、カラスヘリコプター(そんな名前が!)が思い浮かぶ。あれは、特別な烏らしい...。

よく近所でゴミを漁っているのは、ハシブトガラス。筆者は烏はまあまあ好きなので、弁明しておくと、彼らは元々が〈屍肉食い=スカベンジャー〉なので、袋に入った赤くて濡れた生の物を引っ張り出すというのは、本能的なものなのだ。しかも、子供を守る以外では無闇に人に危害を加える事もしません。

しかし、まぁ、あの色だし、あの声なので、怖がられたり、不吉だと思われても仕方がない節もある。「烏鳴きが悪いと人死が出る」「烏は柿の木に宿る霊魂を連れて帰る」(その為、最後の実は残す)「月夜烏は火に祟る」等、昔から散々な言われようだ。実は、今のように烏が増え始めたのは江戸時代くらいかららしく、これほど増えるのは世界でも珍しいとか。その多さも、気味悪がられる一因かもしれない。

世界では、の使いであったり、斥候的な役割が多く見られる。『旧約聖書』で大洪水の後、最初に放たれたのがカラス。(戻ってこなかったが)アイスランドに最初に上陸したフローキ・ビリガルズソンも、洋上からワタリガラスを放ち、それを見て進路を決めた。『北欧神話』では、オーディーンの斥候、フギン=思考ムニン=記憶の2羽のワタリガラスがいる。ゲルマンの神ウオータンもお供に。『ギリシア神話』でも、アポロンに仕えていた。(彼の妻に対して余計な事を告げた為、美しい羽根と言葉を取られ天界から追放)

ここで、ワタリガラスの名が多く登場する事にお気づきだと思う。日本語の語源は、北海道に渡ってくる事から。この世界最大のカラスは、様々な場所で特別な役割を与えられている。アイヌ語では、「オンネパシクル=老大な烏」。アラスカでも、〈トーテム〉としている部族がある。北米のトリンギット族はワタリガラスが森を作ったと伝える。また、三枚貝に閉じ込められた世界をこじ開けたという話も。他の部族の話ではコヨーテと並び〈トリックスター〉とされる。ブータンでは国鳥! この国の守護神ゴンボ・ジャロドチェンは、頭がワタリガラスの真っ黒な戦いの神である。イギリスのロンドン塔には、チャールズ2世の勅命により、常に6羽以上のレイヴン=ワタリガラスがいて、〈レイヴンマスター〉という世話役もいる。これがいなくなると、イギリスは滅ぶと言われている!(2021年に、女王的牝カラスのマリーナが行方不明になった...。その後、EU離脱...)『ケルト神話』では、戦いの女神モリガンヴァハバズウらが、戦場でワタリガラスの姿となる。

ワタリガラスに限らず、カラスは古今東西大忙しだ。エジプトでは、太陽の鳥。コンゴでは、人を脅かす危険を知らせる。マヤでは、雷鳴と雷の神の使い。北欧では死のシンボルで、ヴァルハラの魔女がカラスの姿となる。デンマークにもクラケ=カラスという名の魔女が。インドの『マハーバーラタ』でも、カラスは死の使いとある。

悪魔にもカラスの姿の2人、建築に長けたマルファスと、人の尊厳を貶めるラウムがいる。

日本での烏信仰の元は、やはり中国。『古代中国神話』には、太陽に棲む三本足の烏三足烏がいて、後漢の墳墓壁化に描かれている。十個の太陽を毎日一個ずつ背に乗せて海を渡るという。西王母に食事を運んでいるとも。紀元前二世紀の『淮南子』には、あの扶桑の神樹に十羽の三足烏が棲んでいたとある! そして、この烏が月にいる嫦娥の旦那羿が撃ち落とした鳥だとも言われる。別名金烏火烏日烏

これが、八咫烏となったのだろう。同じ三本足の烏。神武東征の折、高皇産霊尊(タカミムスビ)(『古事記』では天照大神)に遣わされ、熊野から大和へ松明を掲げて、道案内をした。ご存知、サッカー協会、JAF、陸上自衛隊、古くは雑賀党・鈴木氏のシンボルとして使用されている。因みに、烏の中での霊格は、低い方から白烏蒼烏青烏赤烏八咫烏。熊野三山の遣いも烏。〈牛王宝印〉のデザインも、烏の群れが文字を形つくっている。この起請を破ると、ここに描かれた烏が三羽死に天罰が下るという。これを踏まえて高杉晋作は「三千世界のからすを殺し主と朝寝がしてみたい」と詠んだ。

小鴉を飼へる茶店や松の下高浜虚子