215. 血

もちろん、筆者の血もあなたの血も赤い色だ。私達だけでなく、脊椎動物はみな赤い。これは、ヘモグロビン等の鉄分の色だ。一方で、エビやイカ等の無脊椎動物には、青や緑のものもいる。昆虫に至っては、血液は無いらしい!

古代アステカでは、血は太陽の運行と密接な関係があり、正常な運行を守る為に、人の血と心臓を、生贄として捧げた。また、ゲルマン人も血には特殊な力があると信じ、生贄の儀式の際、家畜の血を自分の体や神像に振り撒いた。ユダヤ教では、血は生命であるとし、食べることを禁じた。キリスト教では、食物規定は緩いが、イスラム教では、やはり禁止されている。

血に関する妖怪話は多い。福島県いわき市平絹谷の青滝にある血桜の下には、かつて堤に棲んでいた大蛇の死体が埋められているという。どこを切っても血のようなものが噴き出し、年3回色の違う花を咲かせる。和歌山県紀の川村貴志村の蜘蛛血石は、血の跡の付いた白岩。かつて坂上田村麻呂に退治された大蜘蛛の血だとされる。ある男がこれを持ち帰ったところ、元あった高畑山に返してくれと泣いたり、色を変えたりした。愛知県北相楽郡納庫村では、ある猟師が鳥とも獣とも分からないものを仕留めたが、その死体から血が止まらず、気味悪くなり置いて逃げた。気になって戻ってみると、死体も血も消えていたという…。荒木飛呂彦の六壁坂の妖怪』に似ている。樹木子は、多くの戦死者の血を大量に吸って妖怪化した木。ただ、コレ、70年代オカルトブームで活躍した作家の斎藤守弘の創作と思われる。水木さんも、妖怪本に載せたのは、樹木子について思うところがあったからだろうか…。他には、妖怪ではないが、源頼朝が酒呑童子の首を落とした刀、童子切安綱の別名が血吸血天井は、戦死した者の血痕が付いた床板等を、供養の為天上に貼ったもの。各地に残るが、有名なのは、〈伏見城の戦い〉で、石田三成に敗れた鳥居元忠の血痕の残る、京の〈養源院〉〈宝泉院〉。これと似たような、血のような手形等がよく心霊現象として取り上げられたりするが、大半は素手で触れた手形が、時間を経て浮かび上がったものだ。

西洋には、吸血者が多く、前に述べたドラキュラUMAチュパカブラ。アイルランドのリャナン・シーは、愛を受け入れた男に詩才と美声をもたらすが、代わりに血と精気を吸い尽くす。

神話では、『イーリアス』にも登場したの不老不死の血イーコールがある。クレタ島の、が作った怪物ターロスにも流れるが、踵の釘を抜かれ出血死した。

マンガ『無限の住人』に登場する絵師・宗理は求めていた赤が血の色だと気づいた。現在のアーティストの中にも、鹿の血を用いて描いた淺井裕介、冷凍した自らの血で自分の頭像を作り続けているマーク・クイン、同じく自分の血を使うビンセント・カスティリアらがいる。カスティリアの作品はスイスのヘヴィメタルバンド〈triptykon〉のデビューアルバムのジャケットに使用された。今回の絵(?)の中央部の赤黒いシミは、筆者の血である。たまたま指を怪我していたので使ってみたが、あまり美しい色は出なかった…。

獣医師の竹田津実はアフリカのサバンナツアーで人々が少しでも狩りの様子を見たがることから、「人間はちょっとだけ血が好きなのかもしれない」と書いている。

血の赫を求めし絵師の大夕焼風来松