402. 海鼠

「ナマコ」ではない。「うみねずみ」である。

夏休みに、宮本常一の故郷の山口県周防大島に行く予定なのだが、予習にと読んでいた彼の文章の中で見つけた。『周防大島を中心としたる海の生活』の中に、鰯の網にかかった海鼠の大群が浮島に上陸して、島内の作物が食い荒らされたが、石祠のコージンサマによって封じられ何とか全滅は免れた…とある。また、これを退治するときに建てられた〈江ノ浦明神(磐尾神社)〉には、鼠の墓もいくつか残っている。浮島の北、頭島でも金色の目をした海を渡る鼠の大群が島を襲ったという。

一般に〈イエネズミ〉というと、昭和の頃によく家の天井を走り回っていた〈クマネズミ〉、主に自然の中に住む〈ハツカネズミ〉、そして〈ドブネズミ〉の3種類の事を言う。この中で〈クマネズミ〉は水が苦手。〈ハツカネズミ〉も好まない。となると下水道なんかに住む〈ドブネズミ〉こそ海鼠だろうか? 泳げる長さに関しては普通5〜8m程度で、個体によっては数百mというツワモノもいる。1950年代に行われた実験では、平均して15分くらいしか泳げなかった結果が出ているが、休み休みだとなんと60時間も泳いだという! 現実に、オセアニアの〈オオミズネズミ〉、ロシアの〈ミズハタネズミ〉、最近人気の〈カピバラ〉、最近問題になっている外来種の〈ヌートリア〉等は、水棲生活だったり、泳ぎが得意だったりする。愛媛県の中島でも、最近海を泳いでいる〈ヌートリア〉が目撃された! まぁ、しかしそんな昔に外来種が、しかも大群でやって来るとは考えにくいので、やはり〈ドブネズミ〉なのか…。

1842年に書かれた『防長風土注進案』にも、一尺ほどの大鼠何千万匹が島を襲ったが三宝荒神を勧請し、収まったとある。大きさはやはり〈ドブネズミ〉大だ。柳田國男の『海上の道』にも、『古今若聞集安貞』に、安貞(1200年代)伊予黒島で魚の網にかかった鼠の大群が作物を荒らした話が紹介されている。更にシベリアの人間に聴いた、海鼠川鼠とも)は尻尾を立てて、毛を広げて浮くという話も。

ここから先は、いよいよ妖怪じみてくるが『和漢三才図会』にも、身体は小さく、菱・魚・蝦を食べる。あるいは小魚・蟹の化したものとして海鼠が載る。『日東本草図纂』の淡路海上にいるという灘鼠、『南島雑話』の海鼠(うんねじん)も同様のものと思われる。『一話一言』にも津軽に赤い鼠の群れが海から押し寄せたとある。

そして、驚くべき事に、ここ愛媛県で1949年に〈ネズミ騒動〉と呼ばれる大事件が起こっていた! 発端は戸島。〈ドブネズミ〉の大群が島を襲いトウモロコシ等の作物が食い尽くされてしまったのだ! 島民2000人強に対してネズミ50万匹! 駆除剤である〈猫いらず=石見銀山ネズミ捕り〉と呼ばれたヒ素も使用したが、大量の死骸から蛆がわき、中止。それならと、天敵を投入! しかし、アオダイショウ(191匹)は一匹ネズミを食べると1週間は食べず、イタチ(156匹)はネズミ用の毒餌を食べてしまい失敗。1956年、いよいよ各地から集められた(一匹20円で募集した)仔猫(餌を与えられ慣れていないという理由)が、三間小学校での出陣式の後、島に! が、仔猫のせいかネズミにビビってしまった上、ふんだんに島にあるイリコの方に目がいってしまい、まさかの失敗…! 遂に、農林・厚生両省は、劇毒である〈モノフルオール酢酸ナトリウム製剤〉を使用。すさまじい効果で、初日だけで役所に運び込まれた死骸の数6000匹! 翌日10000匹! 島民は祝杯を上げ、死骸を重油で燃やした。が…なんとあまりにの劇毒だった為、島の鳥・犬・猫までが死んでしまい、これまた失敗に終わった…。この頃になると、被害は日振島・蒋淵・宇和島の対津島・南宇和にまで拡大。やがて…長いネズミとの戦いと鰯の不漁の為、島からは人が去り、作物もイリコも無くなった。そして、同時にネズミも島を去っていった…大群が泳いで島を出ていくのが見えたという。1960年代に入り、各地での騒動は終息に向かった…。なんと、壮絶な10年の戦い…!

これを元に作られたのが、1972年吉村昭の小説『海の鼠』。1972年の怪獣映画『大群獣ネズラ』。海鼠ではないが、1957年の開高健の『パニック』もネズミの大群の話だ。そういえば、1976年に書かれた西村寿行の『滅びの笛』は、なぜか昔読んだ事があるのをふと思い出した! アメリカ映画にも1971年『ウイラード』続編の『ベン』があった。

冒頭で、昭和の頃に走り回っていた…と書いたが、2025年現在、大都市部でネズミが増えているらしい。ワシントン・アムステルダム・東京…。北海道でも今年、ネズミ捕りの売り上げが昨年の10倍だとか! 原因は温暖化にあるという…。

今回は、調べて書いていて、なんだか空恐ろしくなった…。そんなわけで、絵だけでもと、再び『トムとジェリー』に登場願った。

海鼠とはならず群れなす海鼠うみねずみ風来松