1997年4月25日10時40分。ニュジーランド・クライストチャーチ沖東へ50kmの地点において、日本のトロール船〈瑞洋丸〉が、巨大な生物の腐乱死体を引き上げた。全長10m(首らしき部分1.5m)、重さ1800kg。この姿はネッシーのようだと騒ぎになるが、巨体と激しい腐臭のため、1時間後、海に投棄された…。
それから、3ヶ月後。たまたまなのか7月20日(海の記念日=現在の海の日)に、新聞各社がそれの写真を載せて大々的に報じた。当時、わが家は読売新聞たったのだが(アンチ巨人なのに?)、大興奮で新聞の切り抜きを小学校に持っていった。勿論、学校もその話題で持ち切りだった!
話を3ヶ月前に戻すと、当時〈瑞洋丸〉に栄養管理士として乗船していた矢野道彦は、引き揚げられたそれをスケッチし、髭状の物を40本も採取していた! それらは、〈国立博物館〉、〈東京水産大学〉、〈東大海洋研究所〉に持ち込まれた…。
その頃…ソ連の〈科学アカデミー〉の学者達が〈クレムリン〉に直訴し、日本の漁船が投棄したものを捜索。12日後、上半身を発見! それは〈バルチック艦隊〉の主力基地コリント島にて冷凍保存された…。
一方、そんな事とはつゆ知らぬ日本。〈ザ・フォーク・クルセダーズ〉のメンバーにして精神科医でもある北山修が『オールナイトニッポン』で、それの名前を募集した(小学生だった筆者は知らなかった)。滑川スージーを決勝で破り、決定したのはユメカシーラ(シーラカンスも意識している)。歌まで作られ、〈ナターシャセブン〉によりレコード化。幼児番組でも使用され、なかなかヒットしたらしい(これも全く記憶にない。と思ったら、松山市では映らない局だった。当時民放は2つだった)。ただ、10月頃になると、ユメカシーラは誰からともなくニューネッシーと呼ばれ始めてしまった(発見されたニュージーランドもかけて?)。
ここで、話は約2年前の1975年5月12日に遡る。場所は、愛媛県八幡浜市大島。漁師の宮田さんが、体長7メートルの腐乱死体のを発見! その姿は、ネッシーに酷似していた…。とりあえず、道後動物園に問い合わせてみたが、要領を得ず、程なく、これも廃棄されてしまったという。〈読売新聞八幡浜通信部〉の村上記者の取材したものが残る…。
さて、そうこうしているうちに、例の髭の解析結果が出た! アミノ酸等から、大型のサメではないか…という結論に…。サメを扱う業者も、〈ウバザメ〉であると断言。同様の状態の写真も公開された。しかし、矢野のスケッチにあるブロック状の骨や、サメにあるアンモニア臭が無かった事から、1987年の専門家による話し合いでは、やはり〈首長竜〉説も捨てきれない…ともされた。そして、この頃ソ連の〈科学アカデミー〉は、あれは〈長い首と小さな頭を持つ未知の哺乳類(←?)〉と、決論した…!
1985年嵯峨島昭が、『ニューネッシー殺人事件』を執筆。あの蜂須賀正氏らしき人物も登場! 1987年景山民夫が『遠い海から来たcoo』で、直木賞を受賞。なんと、岡本喜八による映画化の計画もあった! 1993年には、本家ネッシーのあの写真がトリックだったと撮影者のクリスチャン・スパークリングが死の直前にカミングアウト! しかし、その後もネス湖での調査は続いている。2022年には、モロッコのかつて川だった場所から、〈プレシオサウルス〉の化石が発見され、やはり淡水でも生息できるってことは…!? と、いつまでもネッシー熱は冷めないのだった!
春の夢ユメカシーラニューネッシー風来松