14. 天狗

長い鼻に赤ら顔、一本歯の高下駄を履いた山伏の装束。手には羽団扇を持ち自在に空を飛ぶ。これが、今の天狗のイメージだろう。

初めて天狗の文字が見られるのは『日本書紀』で、637年おそらくは隕石が落ちた際、唐の旻僧(びんのほうし)が、流れ星でなく天狗だと言った。中国では『五雑俎』にも、流れ星のひとつで赤く嘴のように先の尖った物は〈天狗星〉といい、凶兆であると記している。

こういった中国から伝わった天狗に、日本の古代神話の木の精句句廻馳(ぐぐのち)や、魍魎、仏教の飛天夜叉荼枳尼天迦楼羅天、神道の山岳信仰、更に猿田彦信仰等が混ざり合い、江戸時代頃に前述の天狗像が構築された。

中世までは、その姿は嘴があり羽のある烏天狗木の葉天狗のそれだった。迦楼羅天烏天狗の化身とされたが、元々は『インド神話』でヴィシュヌ神の乗る巨鳥ガルダ。金色の羽を持ち、を常食としたという! どうやら、嘴があの長い鼻に変化したらしい。

さて江戸時代以降、『大鏡』や『今昔物語』、『平家物語』にも天狗は登場。インドから来た、鳶が化けたもの、人に憑く、増長慢の僧侶が成る、仏法を邪魔する魔物...等、いろいろに考えられた。林羅山や、平田篤胤も、崇徳上皇、後鳥羽上皇、後醍醐天皇の怨霊天狗となったと書いた。

実際に天狗に連れ去られたという話も、江戸時代にブームとなる。『甲子夜話』には、松浦静山の下僕・源左衛門が七つの時に天狗に攫われ、八年後戻されたとある。そして、十八の時にも再び連れ去られたという。『壺蘆圃雑記』にも、神城四郎兵衛正清が天狗界に行った様子が記されている。天狗は三百里を飛べ、争い事はしないが戦えば無敵、人に害は為さないが、山を穢すものには罰を与えるという。最も有名なのは、平田篤胤の『仙境異聞』の天狗小僧・寅吉。七つの時、常陸岩間山の十三天狗の頭領・杉山僧正に連れられ天狗界へ。天狗は、二百歳から千歳、二千歳の者もいる。四足獣は食べず、妖術を使うという。

天狗にも種類があるとされ、前述の烏天狗の他に、川天狗女天狗空神ハテンゴスネカ天狗の一種ともされる。また、山で起こる怪現象天狗の仕業とされ、天狗倒し天狗笑い天狗礫天狗囃子天狗太鼓等と各地で呼ばれる。

これとは別に、八大天狗というのもいる。京の愛宕山太郎坊天狗の総大将と言われ、多くの眷属を従え、火を司る。同じく京の鞍馬山僧正坊は、牛若丸で有名。大山伯耆坊、滋賀比良山二郎坊、長野の飯綱三郎管狐を使う。讃岐白峯相良坊、九州の日本三大修験道の山一つ英彦山を守護する彦山豊前坊大峯前鬼坊は元は生駒山のだったが、役小角により改心した。いわゆる前鬼と、その妻後鬼だ。

更に別格として、愛媛県石鎚山に大天狗起坊がいるが、これは石鎚を開山した役小角その人とされる。石鎚山の最高峰は、その名も〈天狗岳〉といい、確かに天狗が出てもおかしくない神々しさがある。

天狗住んで斧入らしめず木の茂り正岡子規