268. 蝶

蝶は、ほぼ全世界に生息し、約17000種。蛾との区別は実は無いのだが、蝶は昼、蛾は夜に飛び、蝶は翅を立ててとまるが、蛾は開いたままというのが、一般的に言われる。ただ、例外もあるし、フランスやドイツでは、蝶も蛾も同じ単語である。

日本語の「ちょう」は漢語。他の昆虫(「とんぼ」・「ばった」・「せみ」・「はち」等)が、たいてい大和ことばという中で、珍しい。昔は訓読みもあり、「かはひらこ」・「ひひる」・「ひむし」・「てこな」・「てんがらこ」・「かはびらこ」等と呼ばれていたが、どれも残っていない。

また、普通、蝶を数える時は「匹」だが、研究者等は「頭」を使う。これは、英語で家畜などを数える際「head」を用いるからだとか、標本には頭の部分が残っている事が重要だからとか、採集なので狩猟と同じに考えるから...等と言われる。他にも、夏目漱石『夢枕』、泉鏡花『夫人利生記』、芥川龍之介『妖婆』では、「羽」を使用している。

サナギから脱皮して、美しい姿となるからだろう(エリック・カールの『はらぺこあおむし』のように!)、世界中で、長寿・不死・不滅・転生・復活というイメージで捉えられている。一方で、死との結びつきから不吉とされる例も少なくない。

実際、蝶のオスは生殖能力高める為、塩分やアンモニアを求めて、生物の死骸から血を吸う。美しさで有名なモルフォ蝶も、腐った死骸が好物である。

〈神道〉では、蝶はを守るもの、不死不滅の象徴とされた。ただ、『日本書紀』には、大生部多(おおうべのおお)が、蝶の幼虫を常世の神として祀り、民衆を惑わせ討伐された話が載る。

〈仏教〉においても、蝶は極楽浄土に魂を運ぶとされ、輪廻転生の象徴ともされた。武将達も多く家紋に用いた。特に平清盛の「丸に揚羽蝶」が有名。織田家、池田家も使用した。栃木や、千葉では、盆の時期の蝶にはが乗っているとか、の遣い等と言う。飛騨立山の〈生霊の市〉では、多数の蝶が舞う。

高知では、夜更けに無数の蝶がまとわりつき、これに遭うと病を患って死ぬという。宮城の白石では、蝶好きの女の死体から虫がわき、無数の蝶と化した話が伝わる。秋田の〈別蝶沼〉には、沼に落ちて死んだ侍が、蝶と化して人を驚かせるという。沖縄・愛知・山口でも蝶は不吉な存在とされる。〈平将門の乱〉の際には、京に夥しい蝶の群れが舞ったという。

死者のが蝶となる話は世界中にあり、蝶化身と言われる。山形蔵王、福島会津に話が伝わる。

〈キリスト教〉では、蝶はイエス復活の象徴。『ローマ神話』では愛の神クピドの妻プシュケが、蝶の翅を持つ姿で描かれる。前にも述べたが、その名には「魂」「息」の意味もあるが、「蝶」の意も! また、英語の「Psyche」が「Psycho」、「Psychology」、「Psycho-pass」、「Psychokinesis」等の単語の元となった。

ビルマでも同様に「蝶」を意味する「レイッピャ」に「魂」の意味もある。

ネイティヴ・アメリカンの多くの部族でも、蝶は、美・幸運・生命力の象徴。夢を運んでくるとして、髪に蝶の飾りを付ける部族もある。何度か取り上げた〈ホピ族〉にも、〈バタフライダンス〉があり、〈ナバホ族〉と交互に踊る。

『ケルト神話』では、月光を司るエーディンがいる。地下の神ミディールの妻となるが、彼の前妻の怒りで蝶に姿を変えられた。

韓国では、白い蝶は死を意味して不吉とされ、黄色い蝶は吉とされる。

中国では、「蝴蝶」と書き、発音が「老人」と同じ為、長寿のイメージ。〈道教〉の荘子にも有名な『胡蝶の夢』の話がある。そう言えば、織田信長の妻は、胡蝶とも、帰蝶と言われる。

文学作品の中にも、蝶は舞っている。小泉八雲の『怪談』に収録されているエッセイ『虫の研究』には、蝶は死者・生者のであり、身体より霊魂が離れる際、蝶の形をとるとある。また、正岡子規の『撫子に蝶白し誰の魂』の句も紹介している。フランスにも『にんじん』で知られるジュール・ルナールの『博物誌』に、『蝶 このふたつ折りの戀文が花の番地を捜している』という素敵な詩がある。この訳をしたのが、劇作家の岸田國士(岸田衿子・今日子の父)。甥の岸田森も、無類の蝶好きだった。蝶...というか、蛾といえば、誰もが教科書で読んだであろう、ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』! あの、罪悪感は子供心にちょっと衝撃的だった...。今読み返してみると、主人公は蝶の収集にハマっていて、コムラサキとかが登場している。件のヤママユガも、前述したようにドイツでは蝶との区別はないので、原文には蛾とは書かれていない。

そんなこんなで、吉凶の両イメージをもたれる蝶だが、かつての日本では、やはり負のイメージが強かったようで、『万葉集』等にも、一首たりと蝶の歌は無い...。

描いたのは、井上雄彦『バガボンド』から。句の方は、最初に書いた蝶の古語を並べてみた。

てんがらこひらこひひるるかはびらこ風来松