379. 八幡浜の竜たち

先日、愛媛県の八幡浜に泊まりがけで出かけた。九州に向かうフェリーの港(映画『すずめの戸締まり』にも登場)があるので、何度か利用した事はあるのだが、町をじっくり巡ってみたのは初めて。まず、たまたま見つけた〈八幡神社〉に参った。説明書きを見ると、ここが八幡浜市の名前の由来らしい。既に717年にはあったという。元々八幡は、大漁旗を意味する土着の海神で、後に応神天皇と結びつけられた。

市内に入る一つ前の駅に、千丈という名前があった。そんなに広くもなさそうな山あいの土地に似つかわしくない地名だと思ったが、調べてみるとかつて〈鳴滝神社〉から、千丈(約3km)の滝が流れ落ちていたという。ここに祀られるのが瀬織津姫。水・川・滝・海の女神だが、『古事記』・『日本書紀』にその名はない。〈大祓詞〉(神道の祭祀の祝詞)や、あの『ホツマツタヱ』に載る。宇治の橋姫と習合されたり、京では立烏帽子=鈴鹿御前として、〈祇園祭〉では鈴鹿山のご神体とされる。そして、この滝には雌雄の大蛇=竜神が棲んでいたと伝わる。

さて、八幡浜の沖に大島という名の島が浮かぶ。大小5つの島からなり、その一つ三王島にはかつて藤原純友の支塞があった。唯一の有人島・大島は、なんとあの馬淵史郎監督の出身地! 地大島(じのおおしま)には、の伝説がある。この島の向かい、五反田の〈保安寺〉の小さな池に竜神が棲んでいたのだが、成長して手狭になり地大島の大入池に移ることにした(かつてここにはニホンカワウソも棲息していた!)。若い娘に化身した竜神は、舌間浦の貧しい漁夫に島までの渡海を頼む。その重さに訝しむ漁夫に、竜神は正体を明かし、この事を誰にも告げなければ大漁を約束すると語った。約束通り大漁となるのだが、やっぱり漁夫は秘密を喋ってしまい、元の貧しい暮らしに…。竜神は〈保安寺〉にも育ててもらった礼として、代々の住職一代につき3回まで、雨乞いをすれば雨を降らせられる修法を授けた。ただ、1回につき3年分の寿命を捧げなければならないとも言う…。

更に、大島の対岸の三瓶周木の池の浦というところにも女の竜神が棲んでおり、この二匹は恋仲になったという。

そして今ひとつ、先に述べた〈鳴滝神社〉に伝わる別の話。件の瀬織津姫だが、胎宝院なる人と結ばれて子ができる。臨月の時、決して入ってはいけないと言われていた室を覗いてしまった胎宝院は、一匹の大きな蛇と、数匹の蛇の子の姿を見る! 姫は蛇の化身で、別れを告げて滝の中に帰って行ってしまう…。これが後に五反田の竜神になったという! 巡り巡る達の伝説…!!

他にも、八幡浜には竜彦竜姫がなったという〈夫婦岩〉があり、双岩という地名の由来になっている。

八幡浜は、平地に乏しく、元々大きな川のない土地だった。一方で、水害も多く平成30年の豪雨災害は記憶に新しい。水・川・海への祈りが、竜神信仰を生んだのだろう。『すずめの戸締まり』でこの土地が登場したのも、西日本集中豪雨での被災が新海誠監督の頭にあったらしい。また、は元は大蛇だったと思われる。日本のは、もちろん中国から入ってきたものだが、同時に蛇体であるインドのナーガの影響もある。

さて、絵に描いたのは長谷川義史の『へびのニョロリンさん』。実は、今回の八幡浜行きのメインは彼の絵本ライブだった。朗読あり、トークあり、音楽あり、即興のペインティングあり…と、かなり完成度の高いライブで感動した!

片蔭の青石に蛇とどまれり風来松