70. 歌

歌う妖怪と言えば、やはりギリシャ神話のセイレーン。元々、上半身は人、下半身は鳥という姿だったが、後に半魚の人魚タイプに。ゲーテの『ファウスト』や、スターバックスのロゴは後者。(ノルウェーの古い木版画から)ギリシャ語で「羽」と「鱗」が同じ単語だった為とも言われる。ホーメロスによると、魔女キルケーの棲むアイアイエー島にいて、航路上の岩礁から美しい歌声で船乗りを惑わせ遭難させる。これに食い殺された船乗りの骨で島に山が出来たという。語源はギリシャ語で、「紐で縛る」「干上がる」という説がある。また、「サイレン」の語源でもある。2人〜5人の姉妹で、元はニュンペーペルセポネーに仕えていたが、ハーデスに攫われた主人を探す為、鳥の翼を持ったとも。アルゴー探検隊では、オルペウスが歌合戦を挑み、セイレーンに勝利した為、彼女たちは海に身を投げ、死体は岩礁になったという。そのオルペウスも後に神の怒りを買い八つ裂きにされた…。琴は星座に、首だけになっても歌い続けたという。打ち上げられたセイレーンは、あのナポリの地名になったり、北ウェールズでは洗礼を受け聖女になったりした。

歌唱を司る神はアオイデー=テルプシコヒ。奢れる詩人を罰する。マケドニア王ピエロスの歌自慢の娘達もカササギにされた。

フェニックスも美声だが、聞いたものは死んでしまう。鳳凰も美しい声で歌うという。

日本にも、鼠や古猫が歌ったという話があり、後者のものは面白いが、こちらも聞いてしまうと死ぬらしい。沖縄県にもウタマジムンがいる。ある島で夜半、唄や三味線が聞こえてくる。この島では、『柳(やなじ)』と『天川(あまかわ)』を歌いこなせなければ、歌も演奏もNG。名人が葬られていて、魂を取られると伝わる。

また呪い歌は、福を呼び、魔物を避け、火除の為に歌うもので、糸を巻くときに歌ったりする。北欧神話にもガルドルがあり、呪いを込めた歌で、さまざまな効果がある。出産を楽にするためにも歌われる。

長野県には神歌があり、神がかりになったものが歌うのだが、練習時には歌ってはならない一節がある。

世界には文字の無い文化に「伝承歌」があり、サーミの「ヨイク」、カナダ先住民の「詠唱」、ケルト民族も神官・吟遊詩人が歌い伝えた。アイヌの「ユーカラ」も「歌」という意味。

また、日本の「わらべうた」にも隠された意味があるという話も多い。「かごめかごめ」、「とおりゃんせ」、「はないちもんめ」…等。現代でも、レベッカの『Moon』に「せんぱい…」という声、オフコースの 『Yes Yes Yes』では「私にも聞かせて…」と聞こえる…という話があるが、実はこの2例は後に意図的なものだったと判明している。伊坂幸太郎原作の映画『フィッシュストーリー』でも、この手のネタが使われた。

世界的に有名なのは、多くの自殺者を出したビリー・ホリデイも歌った『暗い日曜』だろう。また、改めて詳しく触れたい。

描いたのは、筆者がファンのソウル・フラワー・ユニオン。何度かライヴにも行ったが、彼らの歌には、歌の根源的な「モノノケ」ぽい何かが宿っている気がした。

最後に、世界最古の歌とされる「セイキロスの墓碑銘」に記された言葉を。
『生きるうちは輝いてあれ けして悲しむなかれ 人生はつかの間にして クロノスは終焉を求めるが故に』

沖縄の闇にひきよせて歌うなり牧野桂一