435. ヒルコ

記紀神話にあるイザナギイザナミの第一子。不具であった為流されたという。出自については文献により食い違いが多く、正体は謎…。

イザナギから声をかけて交合しなかった為、不完全体で生まれたとされる。『古事記』には『わが生める子良くあらず』とだけ記される。三歳になっても足腰が立たなかったので、葦船(「悪し」か?)、『日本書紀』では天磐櫲樟船(アメノイワクスフネ)に乗せ、天に帰れるよう流されたとある。

『古事記』では「蛭子」、『日本書紀』では「蛭児」の表記なので、蛭のように骨がなかったと考えられている。古代語で歩行が不能の事を「ヒルム」と言った。平安時代の大江友綱は、「父母はあはれと見ずや蛭の子は三歳になりぬ脚立たずして」と詠んでいる。

ちなみに、第二子のアハシマも、やはり不具で流された。日本全国にある淡島神社は、安産や子宝等女性に関しての御利益があり、主神はスクナビコノミコトだが、これとアハシマを同一とする考えもある。

一方、『日本書紀』ではアマテラスツクヨミに次ぐ第三子とされ、「日の子」で男の太陽神という説、北極星のとする説もある。

実は、男女二神の最初の子が不具という神話は世界各地にある。特に東南アジア中心の『洪水型兄妹始祖神話』に多く見られる。

西洋でも『ギリシャ神話』のゼウスヘーラーの第一子ヘーパイストスは両足が曲がった奇形児であった為、海に投げ落とされた。海の女神テティスエウリュノメーに拾われ育てられ天に戻るのだが、その後母に復讐したり、妻のアフロディーテにも嫌われて浮気されたりする。神々の武具を作ったことでも知られる。

話をヒルコに戻そう。これが後に摂津国に流れ着き、海を領する神夷三郎殿(えびすさぶろうどの)として西宮に現れたと『源平盛衰記』にある。また、日本の沿岸部には、海からの漂着物(鯨の死骸も)をえびす神として信仰する風習があった。室町時代には、海から流れ着き、福をもたらすとされるあの七福神恵比寿(七人の中で唯一の純国産の神)と同一視する説が広く浸透した。

ヒルコと同一視されたことからか、恵比寿は、障害を持つ神とされ、耳が遠い、隻眼、両性具有等ともされる。また、大国主命の子事代主神とも同一とも言われ、この神も片足をワニに食べられている。

ヒルコを祭神とする神社は、神戸の和田神社、兵庫の西宮神社、鹿児島の蛭児神社等がある。一方、恵比寿は京都・西宮・大阪を筆頭に全国に多くある。筆者の第二の故郷広島にも、胡神社があり、毎年11月には「胡子講」という大きな縁日がある。胡町なる町名にも。

しかし、神話とはいえ不具の子を捨ててしまうというのは、非道い話だ。ただ、神話というのが、人の力が及ばない自然とか運命というものを表しているのだとすれば、そういう話もあり得るのかもしれない。ただ、後の世にこの神を蘇らせた話が生まれたというのは、再生や復活を祈る人の想いを感じ、救われる。

さて、最後に救われたついでに、筆者の大好きなビールで一杯やっていってほしい。昔からキリン党だが、ここはやはりサッポロエビスビールで! 1890年に発売されたが、最初は大黒ビールと言う名称だった。しかし既に登録されていた為、恵比寿ビールとなった。シンボルマークの恵比寿の服には、仏宝の輪宝が描かれている。煩悩を打ち砕き、幸運・商売繁盛を呼び込む。右手に釣竿、左手に鯛を持つが、実は後ろにある籠の中にもう一匹鯛が描かれたラッキーエビスが存在する。都市伝説かと思ったが、実際に数百本に一本の割合であるらしい!

そう言えば、夏目漱石の『二百十日』の中で阿蘇山へ行く途中にビールを飲むシーンがある。『「ビールはござりませんばってん、恵比寿 (えびす)ならござります」 「ハハハハいよいよ妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿 ..というものを…」』

漱石は酒に弱く、ビール一杯でフラフラになっていたらしい。

捨てられし神を拾いし春の浜風来松