159. ウガ

1929年/昭和四年。和歌山県田辺市神島を案内された後、〈長門〉艦上にて、まず説明されたのがウガだった。それはアルコール漬けにされており、50cm程の黄色がかった蛇のような姿で、その先には幾つかに分かれた綿毛状の物がついている。地元の漁師たちが信仰する伝説の魚だと言う。説明する男は、在野の生物学者、奇才・南方熊楠。説明...いや進講を受けているのは、昭和天皇裕仁。

遡ること5年。大正十三年。南方熊楠は田辺市の漁婦・浜本ともよりウガを譲り受けた。
近海ではしばしば見られるというが、地元民はこれを見つけると、すぐに尾を切り落とし、船玉に供えてしまうという。「全身は龍のように長く、尾には輝く珠を帯びた瑞獣」であり、供えれば海の幸に恵まれると伝えられていた。

正体はおそらくセグロウミヘビ。蛇の中で唯一、一生を海で過ごす外洋性で、海流に乗り何千kmも移動する。この蛇の尾にエボシガイが付着したものだと考えられる。

なぜだか熊楠は、こういうキメラ状のモノに惹かれるたちだったらしい。例の〈森永ミルクキャラメル〉の箱に入れた粘菌よりも先にこれを見せたという事は、よっぽどのお気に入りだったのだろう。

ウガ という名は、地元の長老が語ったというが、程なくこの人物は亡くなり詳細は不明となってしまった...。福神・宇賀神が由来とも考えられる。そのさらに元は宇迦之御魂神か。その姿は蛇身でトグロを巻いた老翁や女の姿なので、可能性は高い。

熊楠はこの時のことを、『一枝も心して吹け沖っ風わが天皇(すめらぎ)のめてましし森ぞ』と詠み、昭和天皇も『雨にふける神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思う』と詠んだ。一体の妖怪が二人を仲立ちしたというのは、なんだか嬉しいエピソードではないか。

白南風に乗りて来し霊魚ウガです陛下風来松