ネッシーのあの写真、雪男、ヒバゴン、アダムスキー型UFO! コナン・ドイルも信じた〈コティングリー妖精事件〉の一連の写真…。妖怪はさておき、UMA界隈では、写真や、映像は重要だ。幕末の有名人が勢揃いのフルベツキ写真もあった。
幽霊には、心霊写真がある。世界初のそれは、1862年アメリカ・ボストンの降霊術師ガートナーが発表した一枚で、亡くなった彼のいとこが写っていると言う。2年後同じくボストンの霊媒術師ウィリアム・マムラーは、故リンカーンと、その未亡人メアリーの写真で一躍有名になった。1874年フランス・パリのエドゥアール・ヒュゲーは、二重写しによるペテンだと訴えられた。日本では、1871年三田弥一が初めて公開。その後、写真家の渋江保が国内外の心霊写真を紹介した(この頃は幽霊写真と言った)心霊写真という呼び方は、1970年代のオカルトブームの頃からと思われ、女性誌やワイドショーあたりが出どころだろう。大ヒットとなった二見書房から出た心霊写真のシリーズの、中岡俊哉が第一人者。その後、ブームは去るが、1986年になぜか再燃した。現実的には、ほとんどがトリックか、ハレーション、フラッシュの反射、ガラスの映り込み、多重露出等によるものと考えられる。また、人の脳は点が3つあれば顔に見えてしまうという〈ミシュラクラ現象〉も作用していると思われる。
描いたのは、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するジョセフ・ジョースターの、念写のシーン。1910年、かの福来友吉が、御船千鶴子、長尾郁子らの透視実験の中で発見したと言っていて、「東京」の文字等を映し出した。また、1931年には、同じく福来の下、三田光一が月の裏を念写した。その後、NASAが撮影した写真とは、全く違っていたが…。スプーン曲げのユリ・ゲラーや、清田益章も念写をしている。総じて、どうも怪しい話ばかりだが、1960年アメリカ・シカゴのベルボーイ、テッド・シリアスは、本物かもしれない…。コロンビア大学の精神科医ジュール・アイゼンバッドの下、3年間で何千回もの念写を行ない、その内の複数回は、念写に懐疑的な人々の前での公開だったが、トリックは確認されなかった…。
句の方は、〈玉響(たまゆら)現象〉から。写真に光の玉のような物が映り込む現象だ。空気中の雨粒か、微粒子が写り込んだものだが、プラズマ説や心霊説も。〈スタンフォード大〉の研究でも、一部不可解な物があるという…。 元々は、「たまゆら」とは、勾玉どうしが触れ合って出す微かな音を言った。これが転じて、「微か」や「ほんの暫く」と言った意味となった。川端康成の短編小説や、広島の竹原が舞台の、写真部の女子高生のアニメの題名にも。
そうえいば、昔は「写真に写ると魂を盗られる」と言った。人に似せて作られた人形等には魂が入りやすいという俗信もあるが、写真ができた当時、撮影に時間がかかりすぎる為、撮られる方が疲れた…と言う説の方が信憑性がある。
水俣の写真で有名なユージン・スミスは「写真は撮る者の魂を奪う」と言った。
たまゆらやふとふりかえる秋夕焼風来松