406. 涙

さすがにこの歳になると、もう泣くこともあまりないが、確実に観ると泣いてしまう映画はある。2016年に公開された片渕須直監督、こうの史代原作『この世界の片隅に』。その後、別バージョンが上映されたり、毎年リバイバルもあったりしているが、もう予告編だけでも、コトリンゴの挿入歌『悲しくてやりきれない』が流れただけでも、泣いてしまうのだった…。

涙。目の涙腺から分泌される液体。一日平均2〜3CCで、成分は98%が水分で残りはタンパク質、ナトリウム…等。目を保護するためでない、感情の涙にはタンパク質が多い。女性の涙は男性のテストステロンの分泌を抑え、攻撃性や性的興奮を減退させる。更に、男性は女性の涙を視覚に頼らず感知できるという! また、生まれた直後の赤ん坊は涙腺が十分に発達していない為、涙を流すまでには数週間を要する。

人間以外の哺乳類・爬虫類…等も涙は流す(鳥類は流さない)が、感情由来ではない。「偽善」の象徴とされ、獲物を食べる時に流すというワニの涙も、卵を産む時に泣くカメの涙も、塩分の調節にすぎない。ただ、ワニのそれの成分は人とほぼ同じという。

泣く妖怪といえば、やはり徳島の子泣き爺。赤子のような泣き声。高知のコギャ泣き。川に現れる川赤子もよく似る。香川の川女郎は大水の際「家が流れる」と泣き声を上げるという。他にも、泣き石泣き板等の類は各地にある。千葉の鬼泪山(きなだやま)は、日本武尊と戦い涙を流して降伏した阿久留王に由来する。海外では、前に取り上げたアイルランドの【バンシー】、同種のウェールズ【カヒライス】、スコットランド【クーニアック】…がいる。スペインの【ラ・ヨローナ】は川で子供を引き込む。

『蕪村妖怪絵巻』には、遠州の夜泣き婆が描かれている。憂いのある家に現れて泣き、それにつられて人々も皆泣くとあるが、これはもう妖怪というより、中国や韓国等の葬儀に現れる泣き女を思わせる。日本でも、島嶼部や山間部では、近代までこれとよく似た風習が残っていたという。その歴史は古く、『古事記』の天若日子の葬儀にも「哭女」の記述がある。古代エジプトにも存在し、ヨーロッパではロマがその職に就いたという。

『日本神話』には、伊奘冉を亡くした伊弉諾の涙から産まれた泣沢女神(なきさわやのかみ)がいる。『ギリシャ神話』では、アフロディーテが恋人アドーニスの死を悲しんで流した涙が地上に落ちてダイヤモンドになったとも、大地に落ちてアネモネが生まれたともいう。ゼウスの子を身籠ったリュシテアーの涙が水晶になった。『北欧神話』では光の神バルドルが死んだ際、冥界の女神ヘルが9つの世界全ての住民が涙すれば蘇らせようと言ったが、女巨人セック=ロキが泣かなかった為叶わなかった。

さて、実は冒頭に書いた『この世界の片隅に』の他にもう一本、筆者必涙の映画が…『E.T.』である。劇場で初めて観た洋画。子供の頃に泣いたかどうかは覚えていないが、大人になってから、どうしても自転車が飛ぶ場面で泣いてしまう…。句はそれを詠んだ。

満月や今だに自転車飛べば泣く風来松