66. 虫

かっては、鳥獣魚以外の生きものは、全て「蟲」とされた。蜘蛛、蛇、蚯蚓、までも! ただ、ここでは、昆虫のみを扱う。

『日本書紀』や『古事記』にも、既に虫は多く登場する。ミツバチ、ハエ、アブ...そして、トンボ! 大和の国の別名は、トンボの古名「あきつ」から付けられた「蜻蛉洲(あきつしま)」だ。また、新興宗教で神とされた常世虫なんてのも出てくる。どうも、アゲハの幼虫らしい...。

三尸(さんし)は、道教で人の体内に宿るとされる虫。庚申の夜に抜け出し、その人の悪事を天帝に伝えるという。平安時代から江戸時代まで庚申講が作られ、その夜は寝ずに過ごしたという。三尸が抜けぬよう唱えるまじないもあり、その中にしょうけらの名が出る。

芥の虫は、中世の『神道集』にある、天上界で鉄を喰う虫。用明天皇が捕まえて飼育したが、巨大になりすぎ人も食うようになってしまい、天照大神により大川に沈められた。この骨が海から取れる磁石となったと云う。ゴキブリの古名でもある。

鉄蟻は、八大地獄の一つ朱誅朱処におり、罪人の体を食い尽くす。最猛勝膿血地獄にいる。

常元虫は、滋賀県大津市で、悪の限りを尽くし処刑された常元を埋めた木の下より、大量に湧き出てきた。人が後ろ手に縛られたような姿。

悪喰虫は、津軽に伝わる二本足で歩く虫で、秋に粟の穂を食べてしまう! 同様の害虫実盛虫も、愛媛県・高知県・九州地方等、西日本に広く伝わる稲の害虫で、ウンカやヨコバイの異称。稲の切り株に馬が足を取られたことで討ち取られた、平家の老将・斎藤別当実盛が化したとされる。愛知県でも、藁でできた〈サネモリ〉をかつぐ、〈虫送り〉が行われる。これを〈実盛送り〉という地区もある。

京都鞍馬山の石無虫は、雪のように白い15cm程度の虫で、火打ち石の中に棲むという。また、「恙無し」の語源となった恙無虫は、ダニの事であろう。

なんだか、害虫ばかりだが、奈良国立博物館の『辟邪絵』の一つに描かれている神虫(しんちゅう)は、中国に伝わる善神。災厄・疫病を退散させる。朝に三千、夕に三百のを捕らえて貪り食うという。

海外でも、虫に関する伝承は多い。アジア圏では、チョウやカイコは特別視されている。中東では、やはりイナゴやハエ等の害虫は、疫病神魔神とされる。古代エジプトでは、あの世へ心臓を持って行き忘れないよう、カブトムシを死者の心臓の上置いた。また、フンコロガシであるスカラベを、転がす糞を太陽と見立て聖なる甲虫と考えた。

西欧でも、『ギリシャ神話』にアブやセミの話があり、『イソップ物語』でもアリやチョウは好意的に描かれている。イギリスでは、テントウムシは聖母マリアの虫とされ、手に止まると婚期が訪れるという。クワガタは、ドイツでは火事の前触れ、北欧では雷神トールの化身とする。ソロモン神殿の石材加工に用いられた石・鉄を食べたというミャミールも伝わる。

悪魔では、ハエの王ベルゼブブが。UMAでは、モスマンがいる。

さて、地球上の生物約170万種の内、約100万種が昆虫である。最古は、3億7000万年前のトビムシと考えられるが、その後約7000万年の化石の見つかっていない空白期間がある。さらに、ほとんど海にいる種が存在しない、外骨格、複眼、変態...と、あまりに他の生物と違う事などから、〈昆虫宇宙起源説〉がある...。

これを聞くと思い出すのが、1997年ポール・バーホーベン監督の『スターシップ・トゥルーパーズ』。原作はSFの金字塔ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』(あの『ガンダム』のモデルにもなった!)だが、映画は原作とはかけ離れた、バイオレンスでグロテスクな軍隊映画(おそらく風刺やアイロニー)となった。兵士達が戦う相手が、巨大虫型異星人だった。

さて、描いたのは漆原友紀のマンガ『蟲師』。大好きな作品だ。ここでのは、〈普通の人には見えない生命体の営みから起こる現象〉とされ、より命の源流に近いものとしてえがかれている。

或る闇は蟲の形をして哭けり河原枇杷男