375. 怪力(男)

怪力といえば、まずは『ギリシャ神話』のヘラクレスゼウスとアルクメネーの子なので半神半人。例によって、ゼウスがやらかして産まれた子なので、ゼウスの正妻ヘラーの恨みを買い、散々な目に遭わされる。『旧約聖書』での怪力NO1はサムソン。敵であるペリシテ人の女を愛してしまうが、もちろん裏切られ、力の根源である長髪も、両眼も失ってしまう…。中国では、殷の紂王の部下・悪来。その再来だと曹操が言った典韋。ロシアのピョートル1世も怪力で、素手で鉄の皿をくるりと巻いて管状にしてたという! 船も花火も作り、手術もし、大の女好きだったとも。

日本では、まず神話に登場する天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)。天岩戸から覗いた天照大御神を引っ張り出した。『今昔物語』に載る平安時代の僧・実因は、足の指で八つの胡桃を割ったとある。『平家物語』には、三十人力の安芸国大領の子・安芸太郎実光が。『源平盛衰記』では畠山重忠が、巴御前の鎧を素手で引きちぎったり、宇治川で流されそうになった仲間を馬ごと対岸に投げ飛ばしたり…と、怪力ぶりが描かれる。かの〈鵯越の逆落とし〉では愛馬〈三日月〉を背負って下りたという! ご存知、武蔵坊弁慶には、釣鐘を担いだとか、巨石を投げたとか、化物退治をしたとか、各地に多くの伝説がある。源頼朝・義経の叔父の藤原為朝も、身の丈七尺(2.7m)、剛力無双で弓の名手。疱瘡除けとして彼の名前の書かれた護符が作られる程。狂言でも演じられる朝比奈義秀は、鮫三匹を抱えて海から上がったという。他にも、織田信長の家臣・弥助は十人力、天下の大泥棒・石川五右衛門は三十人力、20tの巨石を運んだという熊本の人夫・横手五郎は七十五人力。そして、なんと源実朝に反乱した弥次郎左衛門は、七百人力だったと言われる!?

さて、もちろん格闘技界にも、伝説の怪力自慢は多々いる。まず、角界。死人が出ると言う理由で、鉄砲・張り手・閂を禁じられたという、〈無双力士〉雷電為右衛門を筆頭に、22代横綱・太刀山、伊勢ノ濱慶太郎、2代目朝潮(愛媛県出身)、近年では、魁皇、栃ノ心…。

プロレス界では、〈鉄の爪〉フリッツ・フォン・エリック、〈人間発電機〉ブルーノ・サンマルチノ、〈剛力王〉ゲイリー・グートリッジ…。ロシアのレスリング界にも〈霊長類最強〉アレクサンドル・カレリンがいる。2017年〈ワールドストロンゲストマンコンテスト〉チャンピオンのエディ・ホールは、ベンチプレス280kg・デッドリフト500kgの世界記録保持者である。

昔話にも、怪力話は多い。金太郎に、力太郎、埼玉の大力大べえ、白川郷馬狩村の与左衛門…。秋田の力士・宇治川は、重くなる赤子を抱かせる女幽霊から剛力を授かった。

さて、大トリを飾るのは絵に描いた幕末の僧〈拳骨和尚〉こと武田物外(もつがい)。伊予松山の生まれで、12歳で広島に行き〈国泰寺〉へ。その後尾道〈済法寺〉。山口〈瑠璃光〉にいた時に長州志士と交流した事もあり、隠居後〈第一次長州征伐〉の調停役も頼まれた。〈不遷流柔術〉の開祖で、得意は鎖鎌。5tの釣鐘を動かす怪力で、加賀で3人でも動かせない木魚を投げたり、尾道では米俵16俵を一肩で担いだり、江戸では囲碁盤を買った際、金がなく「手付けを…」と言われて、盤を拳骨で殴りつけて手形を残したり…と、行く先々で伝説を残している。極めつけは、江戸で托鉢中〈新選組〉道場に引っ張り込まれ、槍を手にした局長・近藤勇を、なんと両手に持った茶碗でいなしたという…(なんだか、『ワンピース』のルフィの爺さんガープのようだ…)! 力だけでなく、俳句や画も達者だったと言う。今回、初めてこの地元松山出身の傑物のことを知り驚いた…。津本陽が『拳豪伝』という小説に書いているようなので読んでみよう(絵はその本の表紙)。しかしまぁ、こんな「よもだ」の土地にも、正岡子規や、秋山好古・真之のように、稀に突然変異が生まれるのだなぁ…!

あれは伊予こちらは備後春の風物外