千葉県いすみ市下布施の農夫・嘉助は、ある時田の水口に詰まっていた大蟹を助けた。すると、それは威厳に満ちた声でこう尋ねた。「里人の暮らしはどうだ?」聞かれるままに、かつての城主の話等もしたところ、「口惜しかった...。この上総も、もっと政がしたかった...」と言い残し、山へ姿を消した。後に里の長老曰く、「その大蟹こそ上総介広常の化身。かつての領地を今だ彷徨っておられる」と。これを広常蟹と呼ぶ。
平安時代に書かれた日本最古の説話集『日本霊異記』にも、蟹の話が載る。山城国紀伊の娘が、今しがた蛙を飲み込もうとしている蛇に出くわす。娘は「わたしが貴方の妻になりますから...」と、蛙を助ける。しかし娘は恐ろしくなって逃げ出し、訳を聴いた父母が行基に相談。「祈願させた蟹を放生すべし」と言われ、その通りにする。ある日、あの蛇が迎えに来た時、前述の蟹が現れて蛇を退治したという。同様の話が『今昔物語』にも載る。
蟹坊主も、全国各地に逸話が残る。有名なのが、山梨県万力の〈長願寺〉。ある時現れた雲水が、「両足八足、横行自在にして眼天を差す時如何」との問答を仕掛け、答えられない住職を、次々に殴り殺した。旅の僧・法印が正体を見破り退治。二間(約4m)四方の大蟹だったという。その甲羅がかつては残っていたとも。蟹追坂や、蟹沢の地名にも残る。
他にも同様の話が、石川、富山、岩手、福島等にも伝わる。元は、狂言の『蟹山伏』と考えられるが、こちらの方では奢った山伏のほうが蟹の精にしてやられる。
兵庫明石の和坂(かにざか)でも、大蟹が弘法大師に封じられた。静岡伊豆の滝壺の大蟹は、地震を起こすと言われる。京都の〈蟹満寺〉では、厄除け的存在。愛知県常滑の〈尾張多賀神社〉では神使とされる。また、アイヌも蟹を、お産の神と考えている。
では海外では...というと、『ギリシア神話』においては、ヘラクレスの母のアルクメネーと、ゼウスの妃ヘーラーとの争いで大蟹カルキノスが登場するが、瞬殺され蟹座となる...。また、フランシスコ・ザビエルがインドネシアからの航海中、海に落とした十字架を蟹が拾ってくれ、礼として蟹の背中に十字架を刻んだ。その後、教会の物に十字架を持つ蟹のモチーフが見られるようになる。中東には、船乗り達が、島と間違えて上陸したという、巨大蟹ザラタンがいる。
さて、描いたのは、壇ノ浦で討たれた平家の亡霊が乗り移ったと言われる〈平家蟹〉(と、アニメ『平家物語』の主人公予知眼の少女・びわ)。最期まで戦い続けた平教経がなったと言い、彼の妻海御前は河童に!『大和本草』には、平清経が化けた清経蟹が紹介されている。ある歌人が「なまじかに海鼠にならで平家蟹」と詠んだところ、夢枕に怨霊が立ち、慌てて「海鼠にもならでさすがは平家也」と詠み直したと言う。この平家蟹、不味くて食用にはならない。1952年進化生物学者ジュリアン・ハクスリーはこの模様の為食されなかった事で、ますます人に似てきたという説を発表。天文学者カール・セーガンも『コスモス』の中で取り上げた。
最後に...リリスの頁で、蛇を飼っている同僚の事を書いたが、蟹を飼っている者もいる! 勝手に捕まえた沢蟹の名は、『スポンジボブ』に因んで、コカーニという...。
あゆみさりあゆみとどまる夜の蟹飯田蛇笏