350. 櫛

歯を備えた櫛は、古代エジプトで既に使用されていて、シラミ取りに重宝されたという。日本でも縄文時代の〈佐賀東名遺跡〉から、木製の櫛が出土している。

「くし」の語源は、「奇(くすし)」・「聖(くしび)」から来ていて、「霊妙」・「不思議」の意。「串」や「玉串」も元は同じ。呪力を持ちを祓うとされた。が宿る分身として旅立つ者に渡され、『源氏物語』でも伊予へ下る空蝉に光が手渡している。一方、別れを招くともされ、気軽に贈ったり、貸し借りする事は避けられた。また、「苦」「死」で縁起が悪い忌み言葉ともされ、贈る時には「かんざし」と言い換えた。拾う事も良くないと言われる。

『古事記』では、黄泉比良坂で、伊弉諾伊奘冉から逃げる時に投げつけた櫛が筍になった。八岐の大蛇退治の際、素戔嗚櫛名田媛を櫛に変えて身につけた。日本武尊の妻弟橘媛は、海神の怒りを鎮めるため海に身を投げたのだが、彼女の櫛が流れ着いたところに〈橘樹神社〉が建てられた。天照大神月読命魔物を退治するのに、里芋を投げ櫛でとどめを刺した事が地名の由来となった岐阜の生櫛(いくし)には、かつて〈芋ぶちまつり〉なる里芋をぶつけ合う奇祭が行われていた。

櫛といえば、ツゲの櫛が知られる。相が細かく、最も緻密で固く、加工しても狂いが生じにくい。将棋の駒、算盤玉、下駄、浮世絵の版木…海外でもチェスの駒や、バグパイプに使われる。ヨーロッパでは、かつて葬儀で投げ入れられたりもしたという。藤原京・平安京跡からも出土しており、和歌にも多く詠まれている。

長野藪原には、〈お六櫛〉という名物がある。ミネバリという樹から作られ、やはり固く、目が詰まっている。これには、かつて旅籠にいた評判の美人・お六の話がある。彼女が頭痛に悩まされていた際、御嶽山のお告げでミネバリで作った櫛を使ったところ、たちどころに治り、藪原宿の名物土産となった。

では最後に櫛に関するジンクスを幾つか。「落ちている櫛は一度踏んでから拾え」「櫛を落としたときは歯を上に向けて願い事をしろ」「櫛を借りるときは3回振ってから」「櫛を貸すと恋人を奪われる」「櫛を夜使うと悪魔の夢を見る」(夜使う人って多いのでは?)最後に極めつけ。アメリカ・ケンタッキー州南部の言い伝え。「櫛の歯を数えると奴らがやって来る」奴らって?気になるなぁ〜! 数えてみる?

風花やあの日に挿した櫛の音風来松