269. 媽祖

以前、台湾を旅行した時、嘉義の〈城隍廟〉で黒い顔の神様を見た。台湾で篤く信仰される媽祖である。

余談ではあるが、実はこの時、道に迷っていたら、原付のおばちゃんが〈城隍廟〉まで連れて行ってくれた(台湾の廟や寺院は繁華街の中にあったりする)。更に、サバヒーという魚も一緒に探してくれて、結局見つからなかったのだが、なんと夜にホテルまでわざわざ届けてくれた!台湾では、本当に色々な人に沢山親切にして貰ったなぁ...。また、嘉義にはかつて日本統治時代に甲子園に出場した〈嘉義農林高校〉があり、当時の監督が我が愛媛県出身の近藤兵太郎という縁もある(『KANO』として映画や舞台にもなっている)。『千と千尋の神隠し』のモデルとも言われる、九份も良かった。

さて、本題に入ろう。媽祖は中国沿岸部を中心に信仰される〈道教〉の女神。中国史上唯一の女帝、則天武后と同じ、最も高位の「天后」の尊号を持つ。航海・漁業の守護神だが、ほかにも自然災害・疫病・盗難からも護ってくれると言われる。

960年、福建省の林家に七女として生まれるが、生後一ヶ月泣き声もあげなかった為、「黙娘」と名付けられた。しかし、十六歳の時神通力で村人の病を治す。より法力を持つ銅製の札を授かったといわれる。これ以降、「通玄の霊女」と呼ばれ、崇められた。二十八歳で修行を終えて天に召されたというが、海難事故に遭い行方知れずになった父親を探し海で遭難し〈媽祖島〉(今の南竿島)に打ち上げられた、もしくは父の死を悲嘆して旅立ち〈峨眉山〉で仙人になったとも言われる。死後も、赤い衣を纏って海上を舞って人々を助ける媽祖の姿が目撃された。

その後、宋代以降、歴代の皇帝は、「天妃」・「天后」・「天上聖母」等の称号を贈り、信奉。清代初期、施琅の台湾の平定において、媽祖の加護があったと康熙帝に上奏した事で、信仰はますます台湾島内に広まった。また、明代の海外貿易に伴い、媽祖信仰は東シナ海全域に広まっていった。インドネシアではラトゥ・キドルという名の女神に。シンガポール・香港...マカオに至っては、その国名自体が、媽祖を祀る〈媽閣廟〉が由来だとも言われる。そして、最も信仰が篤いとされるのが、前述の台湾である。

台湾では、媽祖の誕生日の旧暦2月23日、多くの廟の媽祖が神輿に乗せられ通りを練り歩く、〈大甲媽祖巡行進香〉が行われる。9日間をかけ、台中の〈大甲鎮瀾宮〉から嘉義の〈新港奉天宮〉まで、媽祖の意志で、決まったルートなく、進んだり、戻ったり、止まったりしながら4県300kmを進む。〈世界三大宗教祭典〉とも言われる。媽祖は、地元では媽祖婆娘媽等と親しみを込めて呼ばれる。第二次世界大戦末期には、米軍の落とした爆弾を媽祖が受け止め、運び去ったという伝説も...!

日本でも、弟橘媛や、前に書いた船玉信仰と混淆して広まった。琉球、鹿児島、長崎といった交易地のみならず、水戸や青森にも祀られる。1966年、水戸光圀により〈水戸弟橘媛神社〉に合祀された媽祖は、約30年後に青森の〈大間稲荷神社〉に遷座され、今も海の日には、〈天妃祭〉が行われている。

絵に描いたのは、媽祖とは全く関係のない、愛媛県を舞台として始まった絵本『かなしきデブ猫ちゃん』の、チビネコ・マドンナ・マル。黒猫マドンナが媽祖、左右の2匹は、媽祖が調伏して従えている千眼里順風耳。その心は...というと、まず媽祖は前述したように黒い顔をしている。台湾では、黒が強い力を持つとされる。あと、もう一つ、神聖なる媽祖を色っぽく描いたものにはバチがあたると、かなりまじめに言われているらしい! そこで、3匹に演じてもらったという次第である。

本家中国においては、〈文化大革命〉以降、媽祖信仰は薄れてしまった...。筆者が、今回媽祖を取り上げたきっかけは、中国による台湾本島と媽祖島間の海底ケーブル切断というニュースを見ての事だった!

ハマボウフウ神うちあぐる媽祖の浜風来松