東京台東区。下谷・本所・深川と並ぶ下町。地名の由来は、浅い草が生い茂っていたというストレートな説から、アイヌ語の「アツアクサ=海を越す」、はたまたチベット語の「アーシャクシャ=聖者のいる場所」なんてのもあるが、さすがにこれは…と思っていたが、この地の中心〈浅草寺〉の縁起を聞くと、あり得なくもないか…。〈浅草寺〉は都内最古の寺で、628年創建。隅田川で漁をしていた檜前兄弟が、網にかかった仏像を引き上げた。その際、一夜にして千株の松が生じ、三日目には金竜が現れて松林に下った。仏像は、一寸八分の観音像(秘仏とされ非公開だが、明治二年に確認された)。これを本尊とし〈浅草寺〉が建立されたという。
その後、浅草は古代隅田川河口の湊町として栄え、1657年には〈吉原遊郭〉が移転し、色町として賑わう。明治には〈凌雲閣〉が建てられ、演芸文化の発信地に。昭和に入ると、〈松竹歌劇団〉の劇場や、ストリップ小屋も出来、その後映画館も立ち並んだ。
さて、〈浅草寺〉。正式名称は〈金龍山浅草寺〉。絵に描いた、ご存じ〈雷門〉は〈風神雷神門〉という。その名の通り、門の左右に風神・雷神像。大提灯は、幕末の火災により焼失していた物を、1960年に松下幸之助が寄進し、95年ぶりに復活。その下輪の底には金竜が刻まれている。また、風神雷神の裏には、水を司る護法善神、女の金竜と男の天竜像。平櫛田中と菅原安男による。
そんな歴史の古い浅草だけに妖怪も多い。
1251年隅田川に牛鬼が出現! 法会中の僧五十人の内二十四人が病にかかり、七名死亡。この時に牛鬼の落とした玉牛玉が、〈牛嶋神社〉に祀られている。朝茅ケ原の鬼婆もよく知られる。旅人に宿を貸しては石枕で殺し続けていたが、千人目、これを止めようと旅人と入れ替わった自分の娘をも殺めてしまい、姥ヶ池に身を投げたという。鎮護堂には、住処を奪われた為、悪戯をしたという古狸が祀られる。〈曹源寺〉は別名〈河童寺〉とよばれ、河童の手のミイラが残る。この河童、治水工事を手伝ったり、助けてもらった雨合羽職人に恩返しした話が伝わる。寺の天井画には多くの河童が描かれ、その中には手塚治虫や、水木サンのものもある! そして、現代…前回書いたシャドーマンが日本で唯一、浅草寺で撮影されている。ある写真は、一年経つと自然に首から上が消えたという…。
さて、そんな浅草、句にも詠んだように作家・池波正太郎の故郷である。彼の代表作のひとつ『鬼平犯科帳』の主人公・鬼平こと長谷川平蔵も浅草生まれ。その中に、『妖盗葵小僧』なる話があるのだが、妖怪ならぬとんだゲス野郎で鬼平に一刀両断された。テレビドラマでは、吉本芸人の島木譲二が怪演! 今年の大河ドラマ『べらぼう』にも、若き日の長谷川平蔵が登場し、これがあの?と思わせるほど吉原で大暴れ。こちらは中村隼人が怪演!
鬼平の影はやさしき夜鷹蕎麦風来松