古来より、火は生命と死の象徴である。『ギリシア神話』では、プロメテウスが人に火をもたらし文明が生まれた。火は、暖をもたらし、食事をもたらした。闇の中では灯りをもたらし、獣から守り、やがて武器ともなった。
まず、人はその中に神を見ただろう。何より拝火教とも呼ばれるゾロアスター教。仏教やユダヤ教にも、永遠に闇を照らす智慧の火として、消えずの火が存在する。広島県厳島神社の弥山の頂上にも、空海のそれがある。
火の神としては、日本では迦具土。伊弉冉が出産の折、身体を焼き死んだ為、伊弉諾に首を落とされた。中国の火の神は祝融。炎帝の子孫で、女媧の壊した天を補修。人面獣身で、墨子の『非政』には、夏に火の雨を降らせたとある。インドのアグニは、炎の衣、二つの面に、7つの舌。ハヌマーンの火傷の治療もした。これを仏教では炎天とする。
上記は男神だが、女神もいる。アイヌのアペフチは老婆姿。6枚の衣をまとい、黄金の杖を持つ。アイヌは何をするにしても、まずこの神を祀る。ケルトの夏の輝きという意味のベリサマ、アステカの蛇のスカートをはいたコアトリクエ、ハワイ・キラウエア火山に棲むペレ…。
魔神となると、イスラムのジン達は、もともと炎で創られている。ユーゴスラビアのフォービは7つ首で火を吐く。イスラエルのソロモン王の72柱の一、アミー、北欧のムスペルは終末の日ラグトロクに現れて、世界を焼き尽くすという巨人。
メキシコでは、イグアナが火の神と言われる。
妖怪にも、火にまつわるものは多い。まずは、火の玉、怪火、鬼火と呼ばれるもの。不知火、遺念火、じゃんじゃん火、つるべ火、狐火、狸火、青鷺火、蜘蛛火、天狗火、キジムナーの火、箕火…と切りが無い。海外にも、ウィルオーウィスプやセントエルモの火がある。
顔のある燃える車輪輪入道を見た者は魂を取られるという。よく似た火車は眼のない女が乗る。波山は火を吐き、野衾は火を食う。鹿児島県奄美のヒザマは家に憑き、火事を起こす。空壜や空桶に宿るため、人々はこれを伏せて置く。
火の鳥伝説も世界にある。火に飛び込み再生するフェニックスは、中国の鳳凰とも同一視される。また、火を象徴とする四神の朱雀もいる。中国と言えば、かぐや姫が、その皮を所望した崑崙山の燃える木に棲む火鼠。西洋のサラマンダーと似ている。犬の姿で火を食い火を吐く禍斗もいる。
日本では、灯火の火影に妖怪の正体が映るとされる。
自然発火現象や、超能力の一つ火を操るパイロイキネシスというのもある。
創作では、コナン・ドイル『バスカビル家の犬』のヘルハウンドは火を吐くとあり、J・R・R・トールキン『指輪物語』にもガンダルフと死闘を演じるバルログがいた。『封神演義』の哪吒の宝貝は火を吹く火尖鎗。『ハウルの動く城』の火の悪魔カルシファー、『ワンピース』の火拳のエース、『鬼滅の刃』の炎柱・煉獄杏寿郎も記憶に新しい。
ともあれ、有史以来、人は火に魅せられてきた。金閣寺を焼いた林養堅(三島由紀夫の小説では「私」)、村上春樹の『納屋を焼く』の「彼」の気持ちも分からないでもない。絵に描いた『ツイン・ピークス』の『火よ我とともに歩め』だ。
埋み火や私と共に歩むもの風来松