十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)合わせて、干支。元は中国。紀元前16世紀の殷で、日付の呼び名として作られた。その後、紀元前5世紀戦国時代に年・月・時・方位にも使用。この頃に、〈陰陽五行説〉が、更に秦の頃までに動物も後付けれされた。それぞれの漢字の意味は不明だが、植物の状態という説がある。動物が当てられたのは、覚えやすい為か?
よくある干支の動物の昔話では、神様が1年毎に動物の大将を決める為、一月一日に競争をさせた。牛は自分の遅さを知っていたので早くに出て最初に着いたが、ゴール直前で頭に乗っていた鼠が降りて一等に。犬と猿は良い線行っていたのに、途中で喧嘩し始めて順位を落とす。仲裁に入った鶏も巻き添えを食う。次点は蛙(しょんぼりして帰る)。鼬も早くに着いたが、他の連中に譲っている内に圏外に…。遅れてきた猫は、日にちを騙して教えた鼠を追い回す。神様は不憫に思い、鼬には「一日(ついたち)」を。猫には「秒(びょう)」をあげましたとさ。
国によって、動物は微妙に異なる。やはり、その土地に馴染みのないものがいる為か。チベット・ベトナム・ベラルーシでは、兎の代わりに猫がランクイン! ベトナムは、鼠も象で、牛も蜂! モンゴルでは、虎が豹。インドでは鶏は神鳥ガルーダ! カザフスタンでは、龍はなんと蝸牛! 中国でも、猪は豚。そして、パンダも実は一時入っていた時期が! 龍が、皇帝の象徴というので、社会主義にはマズかったらしい…。
そんなわけで、日本では猪・猿・兎なんかは縄文時代頃からよく食べていたらしいので、お馴染みだったようだ。
現在も生活の中に干支由来の言葉は多くある。丙午生まれの女は男を食うと言われ、かつては出生率も低かった。またこの年には火災も多く、有名な八百屋お七も丙午。舟の面舵・取舵も、「おも」は兎で東、「とり」は酉で西の意味。子午線、甲子園も。丑寅は鬼門とされる。
詳しくは、1914年に出された南方熊楠の『十二支考』を。読むのが大変らしいが、空前絶後の博物誌らしい! いつか読んでみたい。
さて、最後に12という数に触れたい。なぜ十二支としたかについては、木星が太陽の周りを周る周期、同じように月が約12年で地球を周る為…等と言われる。干支に限らず、世界中に12はあふれている。時間、星座、キリスト教の聖人、『ギリシャ神話』の神、陪審員…。元々は、イギリスでは12進法を採用していた。1ダースは12。英語も、12まではきちんとした(?)単語がつけられている(13からは〜teen)。1フィート=12インチ。1シリング=12ペンス。12は、なにより並べやすいし、分けやすいので、昔から争いが起きない平和な数だったようだ。
猫の仔も仲良くねむる十二匹風来松