子供の頃、四国遍路の五十二番札所〈大山寺〉の地獄絵図を見て、とても怖かったのを覚えている。大人になってからも何度か見たが、やはり恐ろしいし、目が離せない...。水木サンも子供時代、のんのんばあに連れられて、島根境港の〈正福寺〉の地獄絵図を見たという。正確には、これらは六道輪廻を描いた〈六道絵〉と言われる。日本中至るところにある。
妖怪の類の絵で最古となると、以前にも書いたが、『玉虫厨子』の鬼。鎌倉時代になると、『御伽草子』・『地獄草子』・『餓鬼草子』・『土蜘蛛草子』等に描かれた。室町時代には、鳥山石燕が『百鬼夜行絵巻』を描き、町人の間で流行した『奈良絵』にも多くの妖怪が。江戸時代には、歌川国芳・河鍋暁斎・土佐光信・葛飾北斎・月岡芳年...等、多くの浮世絵師が〈妖怪画〉を世に出した。以前書いた幕末の絵金もいる。
彼らの内の多くは、〈幽霊画〉も手掛けている。特に『東海道四谷怪談』の流行後、お岩を始め、多くの幽霊が描かれた。円山応挙は初めて足のない幽霊を、『反魂香之図』に描いた。この絵は、青森弘前の〈久渡寺〉にあり、かつて弘前藩家老・森岡主膳元徳が妻と妾を相次いで亡くし、供養の為応挙に描かせた物。弘前には『断首図』のある〈正伝寺〉もあり、この絵はTVの生放送で片目を開いたと話題になった! また、東京台東区の〈全生庵〉にも、『死神』の三遊亭圓朝の蒐集した、五十幅の〈幽霊画〉が残る。この寺は圓朝と交流のあった山岡鉄舟の開基である。
現代の妖怪画家といえば、故水木しげる、石黒亜矢子、柳忠平、大蛇堂...と言ったところか。
海外には、描かれた絵というよりも、絵そのものに恐ろしい力が宿る例が多い。有名どころでは、あのノルウェーのエドヴァルド・ムンクの『死せる母』。絵の中の少女の目が動いたり、シーツの衣摺れの音が聞こえると言う。エドウィン・ランドシーアの『計画は人にあり、決裁は神にあり』には、あのジョン・フランクリンの北極圏での遭難が描かれている。ロンドン大学にあるのだが、毎年試験時期に、これを見た生徒が落第するとか、自殺したとかの噂があり、英国旗で覆われている。変わり種では、イタリアのジョバンニ・ブラゴリンの『泣く少年』。1985年、火災に遭うも、この絵だけが無傷と言う事件が起こり、その後複製画でも同様の事が! 騒動の元となったタブロイド紙『ザ・サン』は、2000枚を回収し焼却した。元々、絵に耐火性能が高い素材が使われていたとも、モデルの少年がパイロキネシス(発火能力者)だったとも! 極めつけは、1997年に描かれた『デルフィーン・ラローリーの肖像画』。ニューオーリンズで多くの奴隷を殺害した貴婦人がモデル。数々の超常現象を引き起こし、悪魔が宿ると言われる。2007年には、一時ニコラス・ケイジが所有していた! この貴婦人の住んだ家も幽霊屋敷として有名。
さて描いたのは荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーブルへ行く』に登場した、最も黒く邪悪な絵。江戸の絵師山村仁左衛門の怨念が籠もり、彼の妻菜々瀬が黒の下に描かれている。この絵を見た者は、過去に自分の犯した罪に襲われる。
幾重にも塗り重ねらるる春の闇風来松