454. 上野
夏休みに東京に行ってきた。一番の目的は、上野の森美術館での『大ゴッホ展』だったので、上野に宿を取った。
戦国時代、上野山は忍岡と呼ばれた。不忍池もこれが語源とも言われる。江戸幕府が開かれ、伊賀上野の大名・藤堂高虎が屋敷を構え上野となった。
不忍池の弁天堂に祀られるのは、八本の腕に煩悩を破壊する法具を持った八臂弁財天。また、この池には、恋人に裏切られて身を投げたお蝶の幽霊が出るという。
公園の北にあるのが、徳川家の菩提寺寛永寺。陰陽道で鬼門に当たる場所で、江戸鎮護の寺とされた。最近、龍の天井画が描かれたが、訪れた際には残念ながら公開していなかった。早朝にも関わらず、出勤前の若いOL風の女性が参っていた姿が印象に残った。
公園内には、上野東照宮もある。絵に描いたのが、門の横にある左甚五郎作の昇り龍。不忍池に水を飲みに行ったという! また、ここには八百八狸の総帥が栄誉権現として祀られている。これの像は、かつて大奥にあったが災いをもたらすとして追放され、ここに来たという。徳川家康と狸が被って可笑しい。
さて、宿がある旧稲荷町の下谷神社は都内最古の稲荷で、更には寄席発祥の地でもある。境内には子規の『寄席はねて上野の鐘の夜長哉』の句碑がある。
また、朝食を買いに行ったのが、かっぱ橋本通り!河童キャラが見られたが、雨合羽の方が名の由来と知りスルーしてしまった。後から調べてみると、ここの側の曹源寺には河童の手のミイラがあり、合羽屋喜八が新堀川の開削を行った際に手伝った、隅田川の河童大明神が祀られ、手塚治虫や水木さんらの河童の天井画があると知る。やっちまったな〜…!
上野の東には、「恐れ入谷の鬼子母神」が。さらに浅草まで行くとお菊さんを祀る本然寺、堀田原の堀筑後守の館には屋根に腐乱死体が降った。死者を運ぶという火車の仕業だと言われる。
実はこの度の東京旅、高校の修学旅行以来だった。寅さんの柴又、神保町、早稲田の漱石山房記念館、子規庵にも行った。意外に夏休みで閉まっているところもあったので、改善して欲しい。驚いた事が、東京にはいまだ火事と喧嘩と江戸っ子が健在だった事! そして妖怪達も…。
不忍の淵に未だに龍潜む風来松