446. 岩手
お山の噴火で飛んできた三つの大岩三ツ石さまは、人々の信仰を集めていた。ある日、人々に害をなす羅刹鬼を村人に頼まれて退治した折、二度と悪さをしない証として岩に手形を押させた。これが岩手の名の始まり。
というわけで、今回は岩手。日本でニ番目に広い面積を持つこの土地の、南の内陸から沿岸に向けて旅をして来た。
花巻に降りる飛行機は、強風の為伊丹に引き返す可能性があるとのアナウンス。大揺れの末、なんとか着陸できたが、どうも日常茶飯時らしい…。さすが宮沢賢治『風の又三郎』=風の三郎さまの国だと思った。もっともこれは二百十日の事で、筆者が訪れた5月とはズレている。しかし、滞在中ずっとつよい風が吹いていた…。清六天狗の仕業かも…?
羅刹鬼がしんがりを務めてくれたので、まず鬼から見ていこう。件の「岩の手」の話の舞台と同じ岩手山には大武丸が城を構えていた。坂上田村麻呂に討たれ、その死体を埋めた地は鬼死骸村と呼ばれた。埋めた上に置かれた石が今も〈鹿島神社〉に残る。あの鈴鹿の大嶽丸とやはり混同されがち…。この他にも悪路王や女首領のメノコ等がいるが、いずれも田村麻呂に退治されている。藤原千方の四鬼というのも。いずれも、中央により駆逐され鬼とされた北の豪族達なのだろう。
さて、五月の岩手は朝夕などはまだちょっと寒いくらいだった。周りの山々の頂はまだ白い帽子を被っていた。家の屋根のほとんどが瓦でなくトタン等の板金屋根で角度も急な様は、雪深い土地ならでは。長く雪に閉ざされた冬に囲炉裏で昔話という光景は想像しやすい(実際、滞在時に囲炉裏端ではないが、語り部さんの話を聞くこともできた)。だからだろう、囲炉裏に纏わる妖怪が多い。アンモはそういった類の総称で、正月十五日の暁に海の向こうから飛んできて、囲炉裏に当たりすぎるとできる火斑を剥ぎに来る来訪神。大船渡のスネカ、九戸の踵舐り(アグトネブリ)も同様。九戸には灰坊主というのもいて、囲炉裏の灰の中に棲み、灰をいじっていると出てくる。風呂に二回入る、仏壇のお供えの米を食べる、裸で便所に入る…等をしても出てくるというのでしつけオバケの側面も。二戸のアマネクサは灰に引き込み人を食べるといわれ、遠野のボコも炉の灰を掘ると出てくる。
そんな冬にはやはり雪女も出る。ここでは死んだ自分の赤子を抱かせ、抱いた者は、赤子が巨大化してとり殺されてしまうと伝わる。ただ、防ぐ方法も伝わっており、男は刃物を女は簪を咥えると巨大化はしないという。さらにお礼に、怪力を得られた等、望みを叶えてくれた話も。
沿岸部の釜石も訪れた。念願の〈三陸鉄道〉に乗り、あのワールドカップが行われたラグビー場へも。さすが港町だけあり、岩牡蠣や養殖サーモンのサクラマスに舌鼓を打ったが、下閉伊の〈岩泉ヨーグルト〉というのがどこの宿の朝食にも出た。これ、今をときめく大谷翔平(生まれは県南の水沢)お勧めという事で、確かに濃厚で美味かった! ここには、海中に潜む毛の生えた簑のようなものを纏った海小僧、龍泉洞の竜。赤い岩に宿り、なぜか赤い服の者を憎むあかびらさま。美男子に化けて娘の元へ通った鱈の経立(ふったち)、子供に取り憑いて次々に殺したという鶏の経立…等がいる。上閉伊にも猿の経立や狼の経立が。経立とは、獣等が長い年月を生き妖怪化したものである。山には男の精気を食べ尽くす山姫も。
旅の最後は遠野へ。以前『遠野物語』の回や、前回でも書いたように、ここは山人・座敷童・河童・見越し入道・アブラトリ・迷い家・オシラサマ・コンセンサマ・ゴンゲンサマ…と、まさに妖怪の土地だった。もちろん化け狐やムジナ・狼の経立…等、獣の妖怪も多い。
遠野ではレンタサイクルで郊外の〈カッパ淵〉等を巡った。その帰り、荒れ模様の天気の中、町へ戻っている時(ちょうど〈キツネの関所〉を過ぎた辺り)、ふと視線を感じて小高い場所にある社を見ると、鳥居の下に一匹の立派な雄鹿がこちらを見下ろしていてた。ゾクッとしたが、気を取り直してカメラを向けた刹那、鹿は踵を返して藪の中に姿を消した…。この旅で、一番印象的な瞬間だった…。
青嵐の中より白鹿覗きをり風来松
