445. 山人

先日岩手の遠野を訪ねた。町には河童が溢れていた。絵に描いたのは、その名も〈河童ブックス〉という、本と雑貨の店で購入したステッカー。しかし、ここに描かれているのは『遠野物語』に登場する岩の上の2人の山人! デザインもいいが、なんて素敵なチョイスだろう! 作ったのは店主の富川岳さん。『本当にはじめての遠野物語』等の著書もあり、自らが踊る〈鹿踊り〉の本も!

山人(やまびと)山男山女大人(おおひと)…。山に棲み、基本友好的。言葉は通じるが、話せない。煙草や食べ物等少量の報酬で、荷を運んでくれたり、皮を剥いだりといった仕事を手伝ってくれる。焚火と飯を喜ぶ。身体は大きく、手足は長く、肌は赤い。柳田國男によると、日本のおおよそ十数カ所の山地のみに山人は伝わる。

柳田國男は『遠野物語』・『山の人生』・『仙人考』・『妖怪談義』等で、山に棲むものについて多く書いている。笛吹峠では、これが出るので通るものはいないという。鶏頭山では岩の上で金銀を広げていた大男達が。小国村でも三尺の草履を脱いで寝ている大男が。天狗森の天狗綾森村続石に現れたのは山神か。これら全てをひっくるめて山人とも言える。サムトの婆山人に攫われた娘だったとも考えられる。

もちろん岩手に近い秋田でも山人の言い伝えは多くある。青森の赤倉岳の大人は人里に降りてきて、酒や魚で、仕事を手伝ってくれたと言うが、これを目にすると病になるとも。新潟の『北越奇譚』には、山小屋に泊まっていると現れて火に当たり、身の丈六尺、赤い髪、裸身に腰だけ木の葉で覆っているとある。また『北越雪譜』にも焼飯をやると荷運びを手伝ってくれたと書かれている。新潟・静岡でも似たような話が伝わる。西日本でも土佐や宮崎に山人らしきものの言い伝えが。

その正体は様々な説がある。古くは『絵本百物語』の山の気が人の形をとったものという説。柳田國男は、かつてこの国にいた先住民(縄文人)の子孫とも考えている。一方、柳田と親交のあった南方熊楠は、ただ特別の事情で山に棲み、時代遅れの暮らしをしている人というほどの事だというスタンス。宮本常一は『忘れられた日本人』等で、戸籍の無い山に暮らす漂流民について記している。現代では、村上健司が山姫山女同様、精神に異常をきたしたものと考える。多田克己は山わろ山精サトリモウリョウ等の混合、または絶滅した類人猿ギガントピテクスという説も!

現実的に考えると、少数集団で狩猟をしながら山間を漂流していた放浪民〈サンカ〉との関係を考えざるを得ない。地域によって〈ポン〉〈ノアイ〉〈オゲ〉〈ヤマモン〉…等とも呼ばれた。彼らも独自の言葉を持ち、箕などを作り交易の為人里を訪れた。最古の記述では、松浦武四郎が『サンカに命を救われた』と記している。柳田國男も警察の依頼を受けて現地調査を行っている。もっとも警察は彼らを住所不定の犯罪集団として「山窩」の字を当てている。その後、五木寛之や三角実が小説に書いたり、80年オカルトブームの題材にされたりした。明治には20万人いたとされるが、昭和になると5万人、昭和30年にはほぼいなくなっていたと考えられている…。

『遠野物語』の中に、夜中の境木峠の大谷地で駄賃をしていた笛の名人が、「面白いぞー!」という声を聴き、怖ろしくなり逃げ出したという話があるが、シンプルなだけにリアルでゾッとする。遠野を旅して、この地の主人公は紛れもなく山であり、そこに棲む山人だと強く感じた。

山笑ふ今なほ笑ふ山人の風来松