コーヒー好きである。毎朝飲んでおり、休日は行きつけのコーヒー屋〈SIROCAFE〉で買ったちょっと良い豆で淹れている。
よく知られるコーヒー誕生の伝説では、6〜9世紀頃、エチオピアの少年カルディが、飼っているヤギが赤い実を食べて興奮して飛び跳ねている事に気付きいた。これを修道僧に渡したところ、食べると目が冴え、夜業の眠気覚ましに役立ったという。別の話では、13世紀イエメンの港町モカで、イスラム神秘主義修道者(スーフィー)であり、医者でもあるシーク・オマールが山中で鳥が赤い実を食べているのを見る。彼は王女に恋心を抱いた疑いにより追放の身で空腹だった為、これを食べてみたところ、飢えも渇きも癒された。罪が許されて街へ戻ったオマールは、この木の実で人々の病を治したいう。
実際にはコーヒーの木はアフリカ原産と思われ、エチオピアでは古くから果実を煮て食べていた。古代ギリシャや、ローマでも同様。飲み物としては、ホメロスの『オデュッセイア』にある〈ネペテンス〉がコーヒーだとか、『旧約聖書』に記述があるとか、ソロモン王が初めて淹れたとか言われるが、定かではない。9世紀にアラビア半島に伝わり、秘薬として飲まれたが、豆を焙煎はしていなかった。現在のように淹れられるようになったのは、13世紀になってから。当時は「ワインの香りのする酒」という意味の「カフア」と呼ばれていた(以前、筆者の知り合いが道後で、この名前の喫茶店をやっていた)。
酒がタブーのイスラム世界で、コーヒーは代用品とされたが、度々禁止にもなった。16世紀メッカでは、コーヒーは反政府勢力を集結させるとして弾圧。オスマン帝国に伝わった際も、同様の理由で禁止に。更に17世紀ヨーロッパでは悪魔の飲み物とされたが、クレメンス二世がこの味に魅了され、洗礼を施して解禁した! 18世紀、プロイセンでもビールの消費を阻害するとしてフリードリヒ大王が、スウェーデンでもグスタフ4世が禁止した。
この頃、日本の出島にもオランダ人がコーヒーを持ち込んだが、暫くはあまり飲まれず。漸く庶民に広まったのは、明治も41年になりブラジル移民が持ち帰った時期だったと言われる。ちなみに「珈琲」という字は、幕末に蘭学者の宇田川榕菴が考案。それぞれの文字は「女性の花かんざし」「貫く」という意味で、赤い実から連想したという!
コーヒーの妖怪…は、やっぱり見当たらず。ただ、〈津軽お化け珈琲〉というのを発見! パッケージには、味がありかつ本格的な妖怪(うわん、オシラサマ、朧車、小豆洗い…等)の絵が、イラストレーター佐々木芳丸氏により描かれており、百種類を突破したとある! いつか、買って飲んでみたい!
〈トルココーヒー〉を飲み終わったあとの模様でコーヒー占いというのはある。そういえば、2006年の映画『かもめ食堂』の中で、コーヒーが美味しくなるおまじないとして「コピ・ルアク」が出てきた。実際には、インドネシアのジャコウネコの糞から抽出する、超お高いコーヒーの名前。我が家にもあるが、もったいなくて飲んでいない…。タイには、これのゾウバージョンが。台湾にもサルバージョンが存在するらしい! 『かもめ食堂』の舞台フィンランドのコーヒーは、ガバガバ飲むためスッキリ味。なんと、この国にはコーヒー休憩〈カハヴィタウコ〉が、労働者の権利として定められている。 映画といえば、ジム・ジャームッシュ監督の2003年の映画『コーヒー&シガレッツ』は良かった。
筆者はほとんど行くことはないが、〈スターバックス〉の店名は、あの『白鯨』に登場する航海士の名前から取られている。コーヒー好きの物書きといえば、アーネスト・ヘミングウェイに、フランツ・カフカ…オノレ・ド・バルザックは一日80杯も飲んだという! 音楽家では、ヨハン・セバスチャン・バッハ、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。政治家はナポレオン・ボナパルト、ベンジャミン・フランクリン、セオドア・ルーズベルト…。そういえば、メキシコに行った時に、チェ・ゲバラが通った〈カフェ・ラ・ハバナ〉へ行った。もちろん、フィデル・カストロも、そしてガブリエル・ガルシア・マルケスも通っていたらしい!
日本人の筆頭は、句も引用させてもらった寺田寅彦。プロフィールは「好きなものイチゴ珈琲花美人懐手して宇宙見物」。また著書『コーヒー哲学序論』でも珈琲愛を熱く語っており、「一杯の珈琲は自分のための哲学であり、宗教であり、芸術である」と。
絵の方は『アルプスの少女ハイジ』から、山羊飼いのペーターと、仔山羊のユキちゃんに来てもらった。後ろに聳える塔は、冒頭で描いた〈SIROCAFE〉のマスターの夢を勝手に具現化。塔の回でも書いたが、彼は塔マニアでいつかマイ塔を建てたいと語っている。
客観のコーヒー主観の新酒哉寺田寅彦