高校生の頃、なぜだかひどく眠かった。夜中に受験勉強している時はもちろん、授業中、参観の時さえ居眠りしてしまっていた…。あれは何かからの逃避だったのだろうか…。今でも仕事中、突然睡魔に襲われる事がある。
睡眠。脳の意識レベルが低下し、視覚・聴覚等の情報が脳に認識されなくなった状態。脳が深く休息する〈ノンレム睡眠〉と、脳が活発に動き夢を見やすい〈レム睡眠〉とを反復。睡眠時には、心身の休息・細胞レベルでの修復・記憶の再構築…等が行われていると考えられる。また、成長ホルモンが分泌され、創傷治癒・肌の新陳代謝も促進されているという。
最近の研究では、〈アデノシン〉は眠気を誘発する、〈ビタミンB6〉は夢を記憶する量を増やす、〈コエンザイムQ10〉は悪夢をふやす、〈ショートスリーパー〉は〈DEC2遺伝子〉の変異が関係している…等の事が分かってきている。
一般にも質の良い睡眠を得るには、寝る前は暗く静かにして、ヨガなんかをして適度に身体を動かし、アルコールは控えてホットミルクを飲み、スマホの青い光は見ない…等と良く耳にする。また、食欲や性欲が満たされると眠くなりますね。そして、「羊が一匹…羊が二匹…」と数えましょう。と言うのは迷信で「Sleep」と「Sheep」をかけたダジャレです。
動物によっても睡眠時間は違っていて、一日の睡眠時間は、ネズミ15〜18時間、ネコ12〜13時間、一方ゾウは3〜4時間、キリンは20分〜1時間、と、大きくなるほど短い。また、カモノハシはほとんど〈レム睡眠〉、逆にイルカはほぼ〈ノンレム睡眠〉!
人間は6〜8時間睡眠がいいと言われるが、〈OECD〉の調査によれば、睡眠時間の世界ランキングは1位南アフリカ553分・2位中国542分・3位アメリカ531分。ワーストは、お察しの通り堂々の1位が日本442分・2位韓国471分・3位スウェーデン483分。
前述の短い睡眠時間〈ショートスリーパー〉の著名人は、ナポレオン・ボナパルト、トーマス・エジソン、ウィンストン・チャーチル、マーガレット・サッチャー、ドナルド・トランプ、イーロン・マスク…等で、だいたい3〜4時間。逆に〈ロングスリーパー〉には、今をときめくメジャーリーガー大谷翔平! 彼の先輩イチロー、元横綱の白鵬、元F1レーサーのミハエル・シューマッハ、アルバート・アインシュタイン…等で10時間以上! どちらのグループに入りたい?
眠らない〈断眠〉の〈ギネス記録〉は、1964年アメリカの学生ランディ・ガードナーの264時間12分(そういえば昔民放のバラエティーでそんなのやってたな…)。ただ、現在この記録への挑戦は危険と言う事で〈ギネス〉では行っていない。ガードナーくんもその後の人生で重い後遺症に悩まされたらしい。
実際、人間は眠らないと死ぬのか?や、眠気のメカニズム等は未解明で、睡眠にはまだまだ謎の部分が多いようだ…。
そんな睡眠を取り扱った文学作品も多く、有名なところでは『リップヴァンウィンクル』、『眠れる森の美女』。日本でも川端康成の『眠れる美女』、村上春樹『眠り』…等がある。
眠りの神は、『ギリシャ神話』のヒュプノス。有翼の心優しい青年の姿。疲れた人の額に木の枝で触れたり、角から液体を注いで人を眠らせる。ヘラーの依頼で何度かゼウスも眠らせている。妻は美と優雅さを司るパーシテアー。兄弟に死の神タナトゥスや、夢の神オネイロスがいる。これの『ローマ神話』版がソムヌス。やはり兄弟に死の神モルスがいる。日本にも、安眠・枕の神を祀る大阪〈日根神社〉があり、毎年5月5日に〈まくら祭り〉が催される。
妖怪では、悪夢を食べる獏、庚申の時に眠った人の体に入るしょうけら、眠る人の寝息を吸い取る山地乳、ドイツなどで有名なサンドマン…等はこれまでに書いた。他に『絵本百物語』に描かれる眠肥(ねぶとり)、そしてなんと言っても枕返し!
枕返し。寝ている間に、枕をひっくり返したり、頭と足の向きを逆さにしたりする。姿は、子供や坊主とされるが、『画図百鬼夜行』では小さな仁王の様に描かれている。東北では座敷わらし、群馬県吾妻では猫が化ける火車の仕業と言われる。また、静岡県では枕小僧と呼ばれ、『遠野物語』でもこの名前で載る。石川県金沢では、美女姿の枕返しを見た草履取りが死亡、和歌山県日高でも木の精の枕返しにあった樵たちが死んでいる! 寺にも多くの話が伝わる。栃木県〈大中寺〉には枕返しの間が、同県〈大雄寺〉には枕返しの幽霊の掛け軸が、岐阜県〈白山寺〉には枕返し觀音がある。
枕といえば、北枕。信心深くない筆者もなんとなく気にしてしまう…。釈迦が入滅の際に頭が北を向いていた事が由来。ただ、何故だか仏教の本場インドでは北枕は良いとされているというし、風水的にも、磁場的にも良いんだって!? ただ、平安時代に書かれた『大鏡』にも、藤原義孝が死後、蘇生するために「通常のしきたりのような葬儀は行なうな」と遺言したが、従わず北枕としたせいで叶わなかった…とある。北かどうかは置いといて、枕というのは古くから「魂の倉」とも言われ、これを返すと魂が肉体に戻れないと言われていた…。
さて、もう一つ、睡眠に纏わる怪異といえば金縛り! 日本のみならず、世界中に存在し、アメリカではハグ、アイスランドではマラ、ナイジェリアではオグン・オル、中国では鬼压床…等と呼ばれ、幽霊・悪霊・魔女・死霊…の仕業で、どれも体を圧迫するという。これ、医学的には〈レム睡眠〉時の、全身の脱力と意識の覚醒が同時に起こった状態と説明付けられている。人が上に乗っていたり、何かの気配を感じたり、何かに触られている感じがしたり…という幻覚を伴う! まさに! 筆者も若い時分、何度か経験したが、思春期の女性に特に多いらしい。
最後に〈睡眠第一主義〉を唱えていた、我らが水木サンの名言で締めくくりたい。「わたしは睡眠力によって傷とか病気とかを密かに治し、今日まで無病である。私は睡眠力は幸福力ではないか、と思っている。」
いつかあの空き地のドカンで昼寝する風来松