先日、土用丑の日に鰻を食べ損ね、まぁ安くなってるだろうから明日でもよかろう…と翌日スーパーに行ってみたが、全く値下げされてはいなかった…。因みに、2025年現在の鰻の蒲焼1尾の平均価格は1500〜2000円。筆者が生まれた1970年代は現在の価格にして900円くらいだった。特にこの5年程は上昇傾向。20〜30歳の4割は鰻は食べない(もしくは、ほとんど食べない)というアンケート結果もあり、鰻離れも懸念されている。
さて、ウナギ。淡水魚だが、海で産卵孵化してのぼってくる。ニホンウナギはマリアナ海溝近海。アメリカウナギ・ヨーロッパウナギはサルガッソ海(船の墓場の!)。帰巣性・嗅覚に優れている。海での生態は、ほとんど解明されていない。有名なヤツメウナギは、ウナギの名はついているが、原始的な無顎魚類。デンキウナギも別グループ。
日本語の「うなぎ」の語源は、古語の「武奈伎(ムナギ)」。胸の部分が黄色っぽい事からと言われる。大伴家持が『万葉集』に「石麻呂に吾もの申す夏やせによしというも物そむなぎ取り食せ」と詠んでいる。また、鵜が飲み込むのに難儀したので…と、江戸小咄にはある。本州から九州まで広範囲で「オナギ」、仙台・福島では「ウナンコ」、近畿では「マムシ」等と呼ばれる。
世界にいる19種の内、食用となるのは意外にも、ニホンウナギ・ヨーロッパウナギ・アメリカウナギ・ビカーラの4種。日本や中国はもちろん、イギリス・フランス・ドイツ・スペイン…等、多くのヨーロッパの国々でも食されている。特にイギリスでは、ゼリーやパイにしてよく食べるという。古くは古代ギリシアのヒポクラテスが、「ウナギの食べ過ぎは肥満の元」と記している。13世紀のローマ教皇マルティヌス4世はウナギ(白ワイン漬け)の食べ過ぎで死亡。ダンテの『神曲』で、煉獄で罪を償っている様子が描かれてしまう。日本でも、新石器時代の貝塚から、鰻の骨が発掘されている。逆にイスラム教・ユダヤ教では、鱗のない魚と言う事で食べるのを禁じている。実際は1mm以下の小さな鱗が皮膚の下に埋まっている。日本でも虚空蔵菩薩の使いとされ、食べる事を忌避する地区もある。
鰻の産地といえば、鹿児島(西郷隆盛も大好物だった)・静岡(浜名湖)・愛知(熱田のひつまぶし!)・宮崎…。そして、蒲焼の東京深川。かつては、ぶつ切りしたのを串に刺して焼き、酢や味噌を付けて食べていた。徳川家康の江戸湾干拓により、鰻が大漁となり屋台などで売られた。値も蕎麦と同様の十六文(320円)と安かった!この頃「江戸前」といえば鰻だった。その後、濃口醤油が開発され、1700年代前半にタレにつけて焼く蒲焼が誕生。うな重は、人形町の水戸藩士・大久保今助が考案と言われる。ちなみに、現在の松竹梅は、うなぎの質ではなくサイズです。
土用丑の日の鰻は、平賀源内の考案という説はよく知られている。他にも、大量の鰻を仕入れてしまった春木家善兵衛説。魯山人と大田南畝説もある。元々、この日に「う」のつく物を食べる習慣はあり、瓜やうどん、馬肉…等。食べ物ではないが、前に書いた土方歳三の〈石田散薬〉も、この日に刈った薬草で作られた。食べ合わせでよく言われる梅干しは、根拠のない俗説。
さて、そんな日本人が昔から大好きな鰻だが、ヨーロッパウナギが2010年に、ニホンウナギも2014年に絶滅危惧種に指定されてしまった…。やはり、日本人が食べ過ぎたか…。実際2000年頃までは、世界のウナギの7割は日本人が。しかし2025現在では、中国人が7割で、日本人は1割程度らしい。頼みの綱の養殖は、2010年、日本の〈水産総合センター〉が完全養殖に成功! そのコストも当初は一匹4万円以上だったが、今や1800円にまで抑えられている。
さて、鰻の妖怪。岩手雫石に伝わる鰻男は沼に棲む古鰻だが、人に化け美しい娘を身籠らせた。娘の両親が、鰻の話を盗み聞きし、五月の節句に五色の薬草を与え、難を逃れた。山梨韮崎の耳のある鰻は、新府城の泥あげで捕らえられたのだが、これを食べた者の家は火事で丸焼けになったという。和歌山みなべ町でも沼のヌシと思われる大鰻を釣り、食べた男が死亡。京都〈大山祗神社〉、香川〈二宮神社〉には、雨乞いをして白い鰻が出ると雨、黒だと降らないとする。毒漁を坊主の姿に化けて諭した岩魚坊主の鰻バージョンの話も。
中国にも長江に狗頭鰻という、巨大鰻がいる。日本のいくち・あやかしに似る。一日一度は陸に上がり人を喰ったが、これの肉は異常に美味だという。ポリネシアにはウナギの神トゥナがいる。英雄マウイの妻ヒナをヌルヌルの粘液で誘惑して寝取ろうとしたが、首を跳ねられた。その骸からココナッツが生えたと言う。
そんな鰻を描いた作品というと…鰻が大好物だった岡本綺堂は『鰻に呪われた男』『魚妖』『置いてけ堀』と、多作。そして、同じく鰻を2カ月に一度は食べたくなるという村上春樹! 作品の中にも何度も登場させているし、「小説を書くときは、僕と読者とうなぎの三者協議が必要」との謎発言も。
こう書いていると、また鰻を食べたくなってしまった…。そこへ、朗報が! 今年2025年は5年ぶりにシラスウナギが豊漁で、秋頃には値段も下がるという! しかも、実はうなぎは越冬の為、秋に餌をたくさん食べるので、夏よりも旨いらしい…!!更に美味くて大きいメスウナギを作る方法が発見されたというニュースが(ウナギは成長するまで雌雄が定まらないが、ストレスを感じるとオスになってしまう為、養殖するとまずオスに)!なんと、大豆イソフラボンを餌にするとメスになる!?
土用丑食べ損ねても太らせて風来松