アメリカ合衆国ニューメキシコ州サンタフェ。そこにある〈ロレット教会〉の螺旋階段は、鉄釘も接着剤も一切使用していないにもかかわらず支柱が無い。聖歌隊席への6.7m、33段のそれは、奇跡の階段と呼ばれる。
サンタフェは、アメリカ合衆国で2番目に古く最も標高の高い場所にある州都である。その名はスペイン語で「聖なる信仰」の意。ネイティブ・アメリカンと、スペイン人のこの土地に、1852年、ケンタッキー州からカトリック修道女達が伝道の為に移住した。件の教会は、学校として建てられ、1873年その中に礼拝堂を作る事となる。しかし4年後、完成を間近に建築家のP・モーリーが急死。聖歌隊席への階段のみが未完成のまま残されてしまった。修道女達が、9日間祈り続ける儀式〈ノベナ〉を行ったところ、ロバを連れた白髪の男が現れ、工事を請け負った。彼はカナヅチとノコギリとT定規しか持っていなかったが、8ヶ月〜半年で螺旋階段を完成させた!その作業を見た者はいなかった(あるいは「見てはならない」と言われ見なかった)。更に、礼をしようとしたところ、既に男の姿は無かったという。修道女達は、彼こそ聖ヨセフ(聖母マリアの夫。大工であり全教会の守護聖人)だと言い合った。
さて、実際この螺旋階段に、20人が乗っている写真が残る。「登る時に揺れて怖かった」という証言も(後年、元々なかった手摺が取り付けられた)。現代の建築家は、階段自体がバネのようにたわむコイルバネのような構造ではないかと考えている。謎の男が木材を水につけていたとも言われ、やはり木の膨張を利用していたと思われる。また、階段に使用された木材は、現地には無いヨーロッパトウヒとされる。この謎に対して、地元の高名な郷土史家メアリー・ジーン・ストローコックは、聖ヨセフの正体はフランス人建築家フランソワ・ジャン・ロシャスだと推測している。実際、彼は1881年にサンタフェに存在しており、木材代金として150ドルを支払ったとの記録も残る。1895年『サンタフェニューメキシカン紙』には、このロシャスの死亡記事(暗殺!)に『〈ロレッタ礼拝堂〉と〈セント・ヴィンセント療養所〉の美しい階段を作った人物』と紹介されている。また、ロシャスは中世から続く熟練職人集団〈コンパニオン〉の一員だったのでは…という説も。
実は、支柱の無い螺旋階段というのは、ほかにも幾つか存在する。有名なのは、〈ルーブル美術館〉。ただ、これは金属製。日本にも、1907年鳥取に大正天皇の宿舎として建てられた〈仁風閣〉があるが、こちらは堅いケヤキで作られている。また、階段ではないが、福島県会津若松の〈円通三匝堂〉(通称〈さざえ堂〉)は、二重螺旋構造で、再現は困難とされる。
さて、サンタフェと言えば、どうしてもあの、宮沢りえの写真集を思い出す。1991年篠山紀信により撮影。当時、筆者は彼女には全く興味がなかったが(今はいい感じで歳をとって、なかなかの役者になったと思う)、友達の何人かは購入していた。なんと、売上165万部は写真集の世界記録らしい! それから、だいぶん経った2009年、国会でこの写真集が取り上げられ、撮影当時、宮沢りえが17歳だった可能性があり、児童ポルノにあたるのでは…との議論が! なんと、所持者も処罰という発言まで出て、旧友達の顔が思い浮かび、笑ってしまった。この時、ネットオークションでは定価の3倍の値がついた。写真集と共に、「百人乗っても大丈夫!」のCMでお馴染み〈イナバ物置〉も、絵と歌に盛り込んでみました。
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