俳人・中村汀女(本名・破魔子!)は、熊本の江津湖畔に生まれた。この少し北に、夏目漱石が住んだ水前寺があるが、ちょうど汀女が生まれた1900年に漱石は熊本を離れた。それから約百年後、実は筆者も江津湖近くの沼山津(あの横井小楠の私塾〈四時軒〉がある)で5年程暮らした。その辺りは古くから秋津と呼ばれていた。
秋津は、とんぼの古名であり、また日本のそれでもある。『日本書紀』には、神武天皇が「あきつの臀呫(となめ=交尾)のごとくあるかな」と、日本の形を見て言ったことが由来とある。また『古事記』には、雄略天皇が吉野の阿岐豆野(あきづの)の行幸の際、腕に食いついた虻を、とんぼが咥えて行った事が秋津の名の由来とある。
とんぼは、稲の害虫であるウンカを食べる益虫であり、また前にしか進めない事から、縁起の良い勝虫とされた。戦国時代には武具や羽織にも用いられ、前田利家の兜の意匠が有名。また、本多忠勝の槍、〈天下三名槍〉の一〈蜻蛉切〉は、刃先に触れた蜻蛉が真っ二つになった事から名付けられた。勇気の象徴として、かつては男子の名前にも多く付けられた(『魔女の宅急便』の〈トンボ〉はあだ名。戦時中の〈九三式中間練習機〉の愛称が〈赤とんぼ〉だった事からか?)。
また、とんぼは精霊の使いとも言われる。〈極楽トンボ〉とも言われる〈ハグロトンボ〉も、お盆によく見られたり、羽をたたんだ姿が人が手を合わせたように見える事から、神の使いと言われる。
一方、西洋では逆にトンボの印象は良くない。「魔女の針」・「悪魔のかがり針」と呼ばれたり、嘘つきの口を縫い付けると言われたりする。ルーマニアでは、「悪魔の馬」、ノルウェーでは「目を突くもの」と呼ばれ、ポルトガルでもトンボは目をひったくる、スウェーデンでは悪魔が人の魂を量るのに使うと言う。また、その形状からヘビと結びつけられることも多い。トンボは危険が近づくとヘビに教える「ヘビの先生」と言われたり、ウェールズでも「ヘビの使い」、アメリカ南部でもトンボがヘビの跡をつけ、けがをしたら背中に貼り付ける(?)事から「ヘビの医者」と呼ばれる。
〈ナバホ族〉は水の象徴とし、〈ズーニー族〉は器の模様とし、〈ホピ族〉は岩絵に描いた。フランスのガラス工芸家シャルル・エミール・ガレも、作品のモチーフとしている。
確かに、トンボの姿はそう言われてみると、禍々しい気もする。昔、図鑑で見た〈オオトンボ〉の中の〈メガネウラ〉なんかは、70cmにも達する史上最大の昆虫で恐怖すら覚える…。その頃の地球は酸素濃度が高かった為、ゴキブリなんかも巨大化したらしい…。因みにメガ・ネウラで、メガネとは関係ない。
妖怪ではトンボガミがいる。中四国の憑き物で一般にはトウビョウと言う。トンボガミは香川での呼び名。首に金の輪のある75匹の黒蛇で、とんぼには関係なさそう…。
トンボと言えば、昔から目を回して捕まえるイメージがあるが、実際には1万〜3万個の複眼が素早い動きにのみ敏感で、ゆっくりした動きを目で追うと体全体の動きが鈍くなってしまうという事らしい! 1、2年前だったか、生まれて初めてトンボの脱皮を見た。朝見た時は何の虫やら分からなかったが、昼にはトンボらしい姿となり、美しい緑ががった透明の羽が乾いていく様が見られた。夜には、ヤゴの脱け殻だけになっていて、そっと取ってみた。珍しいので、子供達に見せていたが、ある日潰されて粉々になってしまった…! なんだが、ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』のようだと思った…。
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな中村汀女