377. マルタ

マルタ共和国。イタリアとアフリカの間の地中海に浮かぶ小さな(淡路島くらい)島国。筆者は2009年の年末年始をこの島で過ごした。古代の遺跡、淡いはちみつ色の石灰石マルタストーンで作られた世界遺産の要塞都市バレッタ、港町マルサシュロックの魔除けの目のある船〈ルッツ〉、黄色いレトロバス(今は全て新しいものになってしまった…)、新鮮な魚貝と〈チスク〉ビール、アラブ系やアフリカ系の人々…。〈マルチーズ〉はこの島原産の最古の愛玩犬の一種だが、実はマルタは猫の楽園! 40万人弱の人口に対してその倍はいるとも言われ、いたるところに〈キャットハウス〉(野良猫の家)があり、島中の人々に可愛がられている。元々、エジプト人が魔除けとして船に乗せて持ち込んだ事も関係しているのだろう。

『オデュッセイア』にある、オデュッセウスが漂着してカリュプソーと5年ほどを過ごしたというオーギュギアー島が、マルタではと言われている。ゴゾ島には、〈カリプソの洞窟〉がある。カリュプソー(カリプソ)は、ティターン神族アトラースゼウスに敗れ天空を背負わされている)の娘。

因みに、トリニダードトバゴの音楽で、レゲエのルーツで、ソカに発展もした〈カリプソ〉とは関係なさそう。

紀元前8000年〜5000年頃、ここマルタでは巨石文明が栄えた(エジプトよりも古い!)。ゴゾ島の〈ジヤガンディーヤ遺跡〉は、「巨人の塔」を意味し女巨人サンスーナにより造られたと言われる。本島の巨石文明を造ったのも、1つ目の巨人キュプロクス(サイクロプス)とも。〈カートラッツ〉という轍のような跡はマルタ島のあちこちに残り、水深30m以上の海底にも伸びる。これは、巨大神殿の建造時に使用されたと考えられるが、この時代にはまだ車輪は発明されていない…。巨石文明は紀元前3000年頃に消滅し、その後500年間マルタ島は無人となったとされる。マルタ島の北西、イタリアのサルディーニャ島でも、この少し後に巨石文明が発生しており、マルタとの関係も考えられている。そして、ここでも巨人の像や、巨人の歯等が発掘されているのだ…!

首都バレッタの南の〈ハル・サフリエニの地下墳墓〉からは、7000を超える人骨が発掘されたのだが、その中に明らかに他のものとは違う頭骨が6体見つかった。後頭部が長く、普通の頭蓋骨にある縫合線も見当たらなかった。正体は不明…。

マルタが、あのアトランティス大陸だったと言う者もいる…。

さて、マルタは、フェニキア人、カタルゴ、ローマの支配を受ける。60年には、エルサレムで捕らえられローマへ送られる使徒パウロが、船の難破によりマルタに打ち上げられる。彼はイムディーナの洞窟に身を隠し、布教を行ったと伝い、この島の守護聖人となった。

その後も、様々な国の支配下に置かれた末、1530年、ロドス島を追われた〈聖ヨハネ騎士団(後の〈マルタ騎士団〉)〉が、1年ハヤブサ一羽という賃料でマルタ島を借り受ける(このハヤブサをモデルにしたのが、ハードボイルドの原点ダルシー・ハメットの『マルタの鷹』。1941年にはハンフリー・ボガート主演で映画化。更に余談だが、サラ・パレツキーの『私立探偵ウォシャウスキー』シリーズには『マルタの猫』という短編がある)。しかし、〈マルタ騎士団〉は1795年ナポレオン・ボナパルトにより島を追われ、領土を失う。ただ、現在でも13500人の騎士がおり(2022年日本人の武田秀太郎が叙任!)、独立国家として世界の112の国と国交を結んでいる。また〈マルタ騎士団〉は、首都バレッタの地下に巨大な都市を造っていたという、まさに都市伝説があり、今も調査が続けられている。

マルタはその後、ナポレオンを追い出すも、今度はイギリスの領土となる。大戦にも巻き込まれるが、1974年遂に独立を果たし、現在のマルタ共和国となった。1989年には冷戦の終結として知られる、ミハイル・ゴルバチョフとジョージ・H・W・ブッシュの〈マルタ会談〉が行われた。観光が主産業で、映画のロケも多い(『トロイ』、『リーグ・オブ・レジェンド』、NHKのドラマ『坂の上の雲』も!)。

そんな長く複雑な歴史に眠るマルタには、たくさんの幽霊が出没する…。首都バレッタのすぐ隣のマノエル島は、かつてペストやコレラが発生した為、一時閉鎖された。その島に、聖ヨハネ騎士団の鎧を着けたブラックナイトが現れる。更にバレッタの西、セントジュリアンでは、ある日本人の借りたアパートの住民全員が幽霊だったと言う話がある。彼女はそこを出る時になって大家に「このアパートで部屋を貸してるのは貴方だけだ」と告げられた…。古都イムディーナにも、伝統的なマルタの衣装に身を包んだ女の幽霊が…。この町は、別名「静寂の町」。今も200人の住民がいると言うが、訪れてみてその静けさに驚いた! 車両の乗り入れが制限されているとはいえ、なんだが町全体が魔法にかけられているかのようで、ちょっぴり怖かった…。

幾つもの目の中にあり卯月波風来松