370. 予言獣

今更ながら、満を持しての預言獣の登場である。きっかけは、これを書いている新しいノートが、アマビエ表紙の〈LIFE〉のものだった事(2021とあるので、売れ残りだろう。現在2025年)。因みにコレ、〈瀬戸内文具〉ともあり、調べてみると、香川の〈文具生活〉(元〈コクヨ四国代理店〉)、山口の〈十字屋〉、広島の〈田山文具〉(かつて筆者もよく行った!)という老舗文具店3社のコラボブランドだった!

さて預言獣。豊作や疫病等の吉凶を預言する妖怪。人語を話し、予防として自分の絵を描いて見せるように言うパターンが多い。

代表格はコロナ禍で大活躍したアマビエ。1846年5月、肥後国の海で毎夜、光り物が起こり、役人が赴いたところ出現。自らアマビエと名乗り、「同年より六ヶ月間、諸国で豊作が続く。同時に疫病も流行するので、私の姿を描き写した絵を人々に早々に見せよ」と告げた。その姿は、人魚のようで、顔には嘴のようなもの、菱形の目、長い髪。江戸時代の瓦版に載った物だが、実はこの一例のみで、当の肥後国にも言い伝え等は皆無。

では、アマビエの出処はと言うと、民俗学者・湯本豪一はアマビコの誤記ではと言っている。やはり、海が発光。自分の名と、豊作と疫病が起こり大勢が死に絶えるが、自分の姿を描き写した物を見せると難を逃れられると語る…と、確かにかなりアマビエとの共通点が多い。これが現れたのが、肥後国天草という事から、アマビエも天草という話になったと思われる。「アマ」は「海」からか? アマビエと違い、アマビコの方は十点以上の例がある。ほぼ同じ内容で、肥後国や、お隣日向の海に出現。例外として、越後湯沢の田の天日子尊がいる。目撃者の名前に「柴田」という武士の名も共通。

他の預言獣には、やはり肥後国の神社姫龍宮の遣いで、コレラを預言する。紀州に現れたのは豊年亀。越後福島湾の海出人は、法螺貝に入った蛇体の女の姿。世間の人の六分が悪い風の病で死ぬと予言した。これらは、全て海に関係するタイプ。人魚が預言すると言う話は、スカンジナビアやアイスランドにもある。

ヨゲンノトリまたは双頭鳥は、山梨に現れ、世の中の九割が死ぬと預言。

最も知られるのが、人面牛身の。1700年頃が初出で、その後第二次世界大戦の頃まで、越中、丹後、防州、兵庫等各地に現れた。1836年丹後国与謝郡倉橋山の例では、「この先数年連続で豊作が続く。自分の絵を貼り付けておくと厄を避けられる。」と語った。1909年の五島列島の例では、日露戦争を預言。長崎八尋の博物館には、一時その剥製があったという(別府〈怪物館〉にも)。1921年には内田百閒が小説『件』を発表。小川未明の『牛女』と、これをモデルにしたと言われる。また、1968年にも小松左京が『くだんのはは』を書いている。『南方熊楠全集』には、この妖怪から「よって件の如し」という言葉が生まれたとあるが、この言い回し既に『枕草子』に載っている事から俗信と思われる。

更に大元を辿れば、やはり中国の白澤あたりだろう。

さて、話をアマビエに戻そう。コロナ禍のブーム、火付け役となったのは、妖怪掛軸専門店〈大蛇堂〉のTwitterでの発信だった。筆者も、ネット上でお馴染みの絵描きさんで、勝手に親近感を覚えている。もちろん、それ以前からこの預言獣の事は知っていたが、アマエビだと思っていた!「あれ?」となって調べてみると、同じ勘違いをしていた人は他にもいて、その理由と思われるのが、なんと水木サンの『妖怪大全』の誤記だった! まさに「弘法も筆の誤り」「河童の川流れ」…。まぁ、エビっぽいし。

最後に絵にも描いたスカベを紹介しよう。から派生したと思われるクタベというのが越中にいるのだが、名前はそこから来たと思われる。これも同地にいて、真っ黒な体の老人の姿。かき山の尻が洞の割れ目から現れ、肥やし取りの者に、おなら病が流行り血に汗握り手になると預言。まぁパロディ妖怪である…。江戸時代の瓦版に載りバズったらしい!

ちょうど今、大河ドラマで蔦屋重三郎の『べらぼう』をやっているが、『青本』や『黄表紙』等が評判になっている様子が出てくる。その内容も、くだらない駄洒落、良く言えば知的なアイロニー? 日本人のこういう感覚、全く「恐れ入谷の鬼子母神」でさぁ…!

雨冷や甘海老の予言聴き違ふ風来松