265. たれゆえ草

愛媛県旧北条市浅海本谷の浦にある時空舟が流れ着く。中には、美しい姫と乳母、そして伴の侍が乗っていた。彼らは里人に、追われる身なので匿ってくれるよう頼むが、関わりになる事を恐れ断られてしまう。ただ、腰折山に蛇が穴なる洞窟がある事を教わり、そこに身を隠すことになる。が、ある日、侍が留守の間に追手に見つかり、姫たちは斬り殺されてしまう。何年か後の春、蛇が穴の前で里人が見たこともない美しい花が咲いているのを見つけ、あの姫の生まれ変わりだと噂するようになる。やがてその花は誰が言うでもなく、たれゆえ草と呼ばれるようになった...。

明治30年、教師・奥平幹一が発見し、牧野富太郎により〈エヒメアヤメ〉と名付けられる。

腰折山が自生南限地帯だが、絶滅の危機が増大しており、令和5年国の特別天然記念物として保護されている。

また、〈コカキツバタ〉とも呼ばれ、『伊予節』にも歌われている。正岡子規は、北条の友人・仙波花曳より、この花が送られてきたのを、『小包にこかきつばたのしほれたる』と詠み、内藤鳴雪の句にも、『山路来てゆかしとみしはかきつばた』がある。

これらは先日、筆者の妻が腰折山に行った際、持ち帰ったパンフレットにより、初めて知った。たれゆえ草もそこにある写真を見ながら描いてみたのだが、聞けば10cm足らずの小さな花らしい。句の方は、隣の高縄山から望む北条の美しい海を思い出し、捻ってみた。そこから見える鹿島との相撲で腰をやってしまったのが、腰折山の名前の由来。

さて、気になるのが冒頭に出てきた空舟(うつろぶね)。話から考えると、源平か戦国の頃の話と思われるが、空舟の話は各地に残る。これはまた、次回改めて。

たれをみしうみのかなたにたれゆえそうふ.